夢十六


オリジナルWEB小説『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢』です。
以前は当ブログでWEB漫画はあげましたが、(オリジナルWEB漫画『 真世界より 』)今回は小説です。

 

趣味を全力でつぎ込んだWEB小説を書こうと思ったのが今年の初めのこと。

2ヶ月ほどで処女小説は完成し、製本作業を行いました。


それから八ヶ月の時を経て、ようやくWEBにアップロードすることとなりました。

上げる上げる詐欺書く書く詐欺はいつものことですが、流石に遅すぎました。

この小説を書いた後に長編漫画やら短編漫画やらを描いて、自主制作映画をも撮ったのにこちらの作業を未だ終わらせてないことに気づいたのです。というわけで、本気出しました。


製本版の文章を、全面に渡って誤字の改訂と加筆修正を施した完全版となります。

ジャンルは「SF浪漫短編」となっておりますが、正直自分でも何言ってるかよくわかりませんし、二段組の製本版は70ページほど、3万5000字以上にもなったので短編なのかどうかもよくわかりませんが、もしよろしければ、どうぞごゆるりと、お楽しみくださいませ。



「夢十六夜。あるいは、時を刻む夢」

 


・ジャンル

SF浪漫短編

・紹介文

22世紀。愛なき時代の物語。

・登場人物

……比良坂哀(ひらさか あい)

……守部輝(もりべ てる)

 


●目次

0.序(A.D.2145

1.夢(Age.6

2.空(A.D.2145

3.光(A.D.2145

4.夢(Age.10

5.赤(A.D.2146

6.瞳(A.D.2146

7.夢(Age.13

8.夢(Age.13

9.家(A.D.2148

10.町(A.D.2148

11.夢(Age.15

12.時(A.D.2151

13.愛(A.D.2151)

14.現(A.D.2151

15.(A.D.2151)

16.(Age.16)

17.(A.D.2151)

 

―完結編―

18.

19.

20.墓前


 





                                                             


0.序(A.D.2145


 ぐしゃ。

 人の死んだ音。今回は飛び降り自殺だろう。飛び降り自殺の音を聞くのは、今日で二人目だ。

 初めこそはやはり、不快な音だった。肉が弾け、骨が砕け、血が飛び散った音なのだから当たり前だ。

 しかし今ではソレは、秋の落ち葉を踏みつけたのと大差ない音のように聞こえるし、その薄く潰れた死体は、大きな真っ赤な押し花のようにも見える。それどころか、殺風景な街並みの中では人の血のなんと赤いことか、それは数少ない「彩り」にさえ見えた。

 何事も、慣れである。

 毎日のイジメも、自殺の報道も、戦争のニュースも。

 でもあの夢だけは、未だに慣れず、妙な気分になってしまう。今夜もまた、あの夢を見るのだろうか。


1.夢(Age.6


 日は今にも落ちそうだった。溶鉱炉の中の飴色になった金属を、溶かし込んだような真っ赤。逢魔が刻。黄昏刻。今で言う夕暮れ刻。

少女は二人の家来を連れ、棒切れを振りながら芝の小道を歩いている。陽はほとんど平行に彼女たちを貫き、その影を、深く濃く芝に落とし込んでいる。

 少女の名はお加代。今年6歳になる武家の娘だ。


2.空(A.D.2145


 ぱちり、とごく小さな開封音が部屋に響いた。なんてことはない、私のまぶたが開いた音だ。

          また、あの夢を見た。私がたまに見る、特別な夢。繋がっている夢。別の世界の、別の人の人生を追体験する夢。

 今の灰色な世界よりかは、夢の中のほうがよほど鮮やかに色づいていたような気もした。もしかしたら、今、目覚めているこの世界こそ夢の世界で、死んだら、夢だと思っていたあの世界で目覚めることができるのではないだろうか   なんて、悲しい妄執だということはわかっている。しかし、当時の私はそう思わずにはいられなかったのだ。なにせ、青空も夕日も無色であったし、空は灰色だったのだ。そういえば、そんな話を彼に借りた本で読んだ気がする。たしか、『胡蝶の夢』だったか。

 その後私は、いつものように布団をはぎ、食卓に座り、乾いた朝食を食べ、点けっぱなしのテレビを眺めた。ニュースもまた、いつものようにぼやいている。

 「今日未明、殺人事件は15件……傷害事件は75件が判明………………自殺者は一日平均100人を超えるペースに……特に都内において………………捨て子の増加も著しく……近親者による殺害の急増…………専門家は『愛無き時代』と表現し……………………」

 たまにはいつもと違うことをしてみようか、と、チャンネルの入出力を一つズラしてみた。呆れた。またニュースだ。やはり何も変わらない。

「アメリカ合衆国がロシア連邦に武力攻撃を開始してから一ヶ月が経ちますが、停戦の様子は未だ見せず…………」

 そのとき画面を見つめる私の瞳は、きっと一片の光もなく、虚ろだったに違いない。たとえテレビのディスプレイの光が、黒い瞳に写り込んでいようとも。

 

3.光(A.D.2145

 

 私の生活は中学校に移ってもやはり、いつも通りだった。女子用トイレ一番奥の個室に閉じ込められ、扉の上から青いポリバケツの水をかけられる日々。俗に言う「イジメ」であり、自分で言うのもなんだが、それはなかなかどうして酷いモノだったと思う。しかし慣れとは怖いものだ。なにせ10分ほど黙っていれば、向こうは飽きてトイレから出ていくのだから。その時、この女子用トイレの最奥には、私だけの空間が訪れる。

 しかし、その日は「ソレ」が訪れなかった。何故なら誰かがその私の個室の扉を二回、リズミカルにノックしたからだ。またあいつらがやってきたのだろう、まったく持って面倒臭い、当時の私はそう思った。しかしその時、扉の前に立っていたのはあのいじめっ子たちではなかったのだ。

「はーなーこさん。あーそびーましょー」

 私の頭に浮かんだ疑問符が解消される間もなく、彼は突然扉を開いた。

「ワッ、失礼!」

「………………変態」

 私の冷たい呟きをものともせず、彼は話を続けた。

「いやその、ノックをしても返事もなかったものだから……でも、君の様子を見るに、排泄行為をしていたわけじゃあないみたいだね。よかった、よかった。しかし、全身びしょ濡れだし、君は一体何をしていたんだい?」

 彼はきっと、いわゆる「馬鹿」というやつなのだろう。

「イジメられてたのよ。見ればわかるでしょ。そういう貴方は女子トイレに忍び込んで、一体何をしていたの?」

「『学校の七不思議』と呼ばれるものを調べていたのさ」

「……何よ、ソレ」

「図書館で昔の蔵書を調べていたら、『学校の怪談』という本を見つけてね。それによると大昔の学校には、7つの怪奇譚が存在したらしいんだ。その中の一つがこの、『トイレの花子さん』さ。

「三階の女子トイレの三つめの個室で三回回ってノックして、『花子さん、遊びましょ』と問いて扉を開けると、『花子さん』に会えると言うものだ。しかしまぁ、所詮は都市伝説か。

「それともまさか君の名前が……『花子』だったりでもするのかな?」

「残念、私の名前は『比良坂哀(ひらさか あい)』、よ」

「そうか、僕の名前は『守部輝(もりべ てる)』、だ」

 残念、君の名前など私は聞いていない、と応えようとした口をつぐむ。返答をしてきた以上、私はこの男と会話をしなければいけない義務感のようなものを感じた、故に。

「でも、そんなの調べてどうするの?なにか得があるの?」

「何故って……そりゃあ、気になるからだよ。興味が沸いたから、自分の知的好奇心に従って調べた。それだけだよ。僕はこういうオカルトが好きなんだ。浪漫があるからね」

「浪漫、ねぇ……よくわからないわ。幽霊とか?でも、科学全盛のこの御時世にそんなものを信じているのは、貴方くらいのものでしょうね」

 一呼吸置いて私は続けた。

「それに、皆が何に対しても興味や探究心を持っていないこの御時世に、そんな無益なモノを調べているのも、また、貴方くらいのものでしょうね」

      そうかもね。でも、面白いんだから、仕方ない」

 彼は即答した。

「面白い、ねぇ…………

「面白いって、何?私には、面白いものなんて何もない。毎日毎日訪れる、無味乾燥な日々。無差異性の連続。それは凡庸という名の地獄よ。

「生きていたってイジメられるだけだしね。だから最近思うのよ。私も、『自殺』ってやつをしてみようかしら、って。最近流行ってるみたいだしね、『自殺』」

 今までは豆腐を小気味よく切るように言葉を返していた彼が、突然黙った。だがそれも数秒のことだった。溜め込んだ沈黙を取り返すかのように、台詞の乱れ打ちが始まったのだ。

「何を言っている。

「人生は苦難の連続だ。人類の存続は、他の生態系や、ひいては宇宙に悪影響を与えるかもしれない。それでも人類は生きなければならない。生きていればなんとかなる、生きていればどこだって天国になる。行く先が絶望でも、希望を求めて、歩みを止めてはならない。

「生命の定義とは、生きようとするモノのことだ!生きる気を失った者は、もはや生命ですらない!!」

 再度、数コンマの乾いた沈黙が訪れる。彼は勝手に言い切っておいて、そして勝手に照れていた。その時、私の唇はきっと笑みをもらしていたに違いない。だって、なんて、アホらしい。

「…………じゃあ、貴方が私の人生を面白くしてよ。

「私がこの世界を、生きるに値すると評価したら、自殺をするのはやめてあげるわ。

「私の生死は、文字通り、貴方に懸かっているのよ」

 彼の阿呆さが伝染したのだろう。我ながら、なんてアホらしい返し。意味がわからない。……だけど、今になって思えばこれは、無意識に彼に救いを求めていたのかもしれない。彼ならば私の人生を変えてくれるかもしれない、と。きっと彼ならば、面白がって私のアホらしい提案を受けてくれるに違いない、と。なんたって、彼もいつか言っていたじゃないか。無意識には何があるかわからない、って。

 そして、彼は私の無意識の期待を裏切らなかった。我、其処に好奇心を得たり、といった風な表情でこう答えたのだ。

「いいだろう。面白い」

 今思えば、この時私は彼に、一目惚れをしていたのかもしれない。

 

4.夢(Age.10

 

 お昼時。時代劇で見たような町並みを、高い音のなる下駄でカッポカッポと闊歩するお加代と八兵衛。

 お加代の量感のある黒い垂らし髪は二つの響無鈴(こなれ)でまとめられている。響無鈴とは髪飾りの一種で、通常の鈴から中の玉を取り除いた、音の鳴らない鈴から成っていて、お加代の家の娘が代々受け継いできた魔除けであった。紫色の落ち着いた着物によく映えている。

 八兵衛は今で言うオールバックに、数本の前髪をすだれのように垂らしている。全体的にしゅっとしていて、頬はこけていた。緑と白を基調にした袴は彼の綺麗な身体のラインにぴったりと沿っていて、腰には長太刀を刺している。

カッポカッポカッポ、ピタリ。

木造りの市場の前でお加代が立ち止まる。その瞳にはきらきらと、職人芸ここに極まれりといった風な硝子細工が映り込んでいる。

「おお!見よ八兵衛!そごな綺麗な作り物だのう!ここの主人は良(よ)か仕事をしとる!褒めてさしあげるぞ!」

「さですね」

 市場の奥に走り込んで硝子細工を指すお加代に、八兵衛は静かに微笑みながら言葉を返した。

「はぁ……欲しいのぉ」

 お加代は指を指すだけでは飽き足らず、両の手でソレをすくい上げるように持ち、口を半開きにして見蕩れている。

「だすが、お上(かみ)から勝手に買()うてはならんと言われとるんです。すみません、お加代さま」

「えぇ!?駄目なのか!?こないな綺麗なモノを、ならぬのか!?買うてはならぬのか!?」

 両手を胸の前で握り、たたでさえ大きな瞳をうるうると見開きながら、お加代は言った。

「ええ。ですがら、代わりにコレを……」

 八兵衛は一見申し訳なさそうに、懐(ふところ)からあるモノを取り出し、お加代に見せた。

「ん……?ほぅ、これもなかなか綺麗だのう!」

 お加代にきらきらとした笑みが戻る。

「これは家(うち)に伝わるお守りです」

「そないな大事そうなものを……よいのか?」

「ええ、お加代さまが持つのが良いでしょう」

「ありがとうな、八兵衛」

 語尾を伸ばしながら、お加代は右手の掌に「ソレ」を大事そうに乗せて、今日一番の柔らかい笑みを見せた。


5.赤(A.D.2146

 

 色で表すなら間違いなく赤色のような、細く長く、高い音で、私は目を覚ました。眼前には守部がいた。

「おはよう、比良坂」

 どうやら私は守部の持つ携帯端末のアラーム音で、うたた寝から目覚めたらしかった。

 守部は、うねるように無造作に伸びた黒髪を金縁のピンで留めている。守部の頬は紅潮し、ピンの金属光沢は異様に光っているように見えたが、恐らく、そのどちらも夕日の光に拠るものだろう。陽はほとんど平行に窓を貫いていて、教室の空気に漂うチリをきらきらと輝かせていた。守部の学生服は、きっちりとした清潔感のある白色で、いつもは守部の綺麗な身体のラインにぴったりと沿ったシルエットも、陽光に溶けてディテールがぼやけていた。

 放課後の校舎。教室には私と守部の、ひとり、ふたり。悪くない目覚めだった。いやもしかしたら、校舎に残っている生徒もまた、私たち二人だけなのかもしれない。何故ならこの時代にはもう、部活動に類する放課後活動は絶滅危惧に瀕していたからだ。興味の喪失の極み。しかしそれは同時に、私へのイジメの消滅をも促したので、私は別段、悪いことだとは思わなかった。

「あ、このアラームで目が覚めちゃったんだな、すまない。

「ニュース速報だって。『米露戦争、収束することなく激化。周辺諸国への被害甚大。日本参戦間近か』」

「いつも通りの毎日ね。もう中学三年生だけど、どうなるんでしょうね、私たちの将来って」

「まぁ、とりあえずは高校だろう。高校を卒業したら、どうなるのかはわからないけれど……」

 出会ってから一年が経っても、私と守部の関係は続いていた。きっと傍から見たら、クラスのアウトサイダー同士のいい友人に見えただろうし、見る人によっては、交際関係に見えたかもしれない。一年前なら間違いなく奇異な組み合わせとしてもてあそばれていたことだろう。しかし、彼らのあらゆる興味が喪失していたことは前述したとおりだ。そして、彼らのそういったあやふやな見立ては、恐らく合っていたのだと思う。一年も一緒にいたら、ある程度は信頼するというものだ。だから私は守部に問いた。

「ねぇ守部、私、変わった夢を見るんだけど……貴方なら、これの正体がわかるのかしら」

「変わった夢?」

「そう。繋がってる夢。

「夢の中の私は別の人で、『お加代』と呼ばれていて、別の時代を生きているの。初めて見たのは13歳の頃。寝ている3歳の私…いや、お加代を起こすお婆ちゃんの夢で……その呼び声は今でも思い出せるわ。

「で、さっき見てた夢では、お加代は10歳だったんだけど……そう、とにかく現実みたいで感覚がリアルなのよ。それで、夢の中は江戸時代のような、とにかく時代劇風な町並みなの。お加代は『八兵衛』と『徳助』という二人の家来を連れた武家の娘なんだけど……。

「見るたびに時代が進んでて、お加代も成長しているの……」

 

6.瞳(A.D.2146

 

日は今にも落ちそうだった。溶鉱炉の中の飴色になった金属を、溶かし込んだような真っ赤。逢魔が時。黄昏時。今で言う夕暮れ時。

 今の今まで誰にも話したことのなかった私の夢の話を、守部は心底興味深そうに聞いていた。そして右手の人差し指の第二関節を唇に当て俯き、60秒ほど一人で考え込んだかと思うと、私の方を見上げて口を開き、朗々と語りだした。

「なるほど、面白い。夢というのは一般的には記憶の整理だとか……真相意識、つまり無意識の現れだとか言われているね。かの有名な分析心理学者のフロイトは、夢を使った心理療法を開発したという。しかし前世だとか、もしくはパラレルワールドの自分だとか、予知夢だとか明晰夢だとか眉唾な話も色々あるし、わからないことはまだ多い。無意識には、なにがあるかわからないからね。

「しかし、君が見たのはいわゆる『継続夢』、というやつだろう。

「でだ……俺が思うに、比良坂のその夢は、前世……というより、血の記憶だと思うんだ」

「……血の記憶?なんだかクサいわね…」

「つまりだ比良坂、キミの夢は、キミの先祖の記憶ではないか、ということだよ。もしかしてキミの家系を遡れば、江戸時代には武家だったりするんじゃないのか?」

 守部は、授業参観日に親の目の前で黒板に正しい回答をチョークで書いた後のような、得意げな顔で聞いてきた。そしてそれは、恐らく正しい回答だったのだ。故に私は、アッ、と声を漏らしてしまった。

「……そういえば、お婆ちゃんの先祖は武家だったって言ってたわ!えっ、そういうことなの!?つまり……お加代は私の先祖ってこと?」

「おそらく、ね」

守部は再び右手の指を唇に当て目を伏せ、少し右の、夕日の漏れている方に目を遣りながら答えた。

「そっか……あの夢は……私の、先祖の記憶……………………」

………………

…………

……

「面白い……」

「え?」

「面白いね、比良坂。やっぱり君は面白い」

「へ?」

数コンマの沈黙の後の輝の不意打ちの肯定は、私の口から間抜けな声を吐かせ、そして頬を火照らせた。

「僕は面白いものが好きだ。だから、知的好奇心や浪漫に溢れた話をいくつか知っている。だけどそれは、あくまで本やネットで知ったもので……つまり、外から仕入れたものに過ぎない。僕自身から生まれたものではないんだ。だけど君は……その夢といい、いつか話していた『胡蝶の夢』の考え方といい、君は、君の身一つからソレを生み出しているんだ。それは、凄いことだよ」

「べ……別に私は、貴方を面白がらせるために話してるわけじゃ……っ」

多少の怒りを孕んだような反論をしたつもりだったが、私の語調は狼狽えていたし、顔は酷く紅潮していた。だって、どんな仕方であれ、こんな風に人に褒められ、憧れられ、肯定されたことはなかったのだから。しかも、輝の猛追はまだ続いたのだった。

「それはわかってる。だけど、それでも僕は君と一緒にいると楽しいんだ。君は、僕が追い求めていた人なんだ……君に出会えて、本当によかったと思っている。ありがとう、比良坂」

「え……は……はい、どう、いたしまし、て…………?」

私の気の抜けた回答も止まらなかった。

「君といたら、これからも先、また面白いものや、楽しいものに出会えられる気がするんだ…………ねえ、比良坂。よかったらこれからも、僕と一緒にいてくれないか?」

窓から溶け込んだ夕日の光は、相も変わらず輝の頬を紅く染めて見せた。

きらきらと、きらきらと、いつまでも、永遠に…………

 

7.夢(Age.13

 

 白雲たなびく或る夏の日の芝の小道。お加代は大きく大きく腕を広げ、澄んだ緑色の空気を肺に目一杯吸い込んだ。そして、ン、と一音鼻から音を漏らしながら息を吐く。

「風が気持ちいいのう、八兵衛」

「さですね」

「まるで余の成人を祝福しているかのようではないか。なあ?そう見えぬか?八兵衛」

「さですね」

 お加代のきらきらした問いにも、八兵衛は目をつむりながら一本調子で答えを返した。お加代はその態度に腹が立ったのか、主人に構ってもらえなかった猫のように、プイ、と頬を膨らませ、向こうを向いた。

「すいません、お加代さま。ちぃと、決断ごとをしていたんです。でずが、もう決心しますた」

「……ふぇ?」

 お加代は思わず振り向いてしまった。

 八兵衛の前髪が春風に揺らぐ。細く鋭い瞳はいつものようにある種の険しさと暖かさを湛えていたが、その表情は、妙にすっきりとして見えた。

 一分ほどの沈黙ののち、八兵衛は乾いた唇を一舐めし、ゆっくりと口を開いた。

 

8.夢(Age.13

 

 告白。一世一代の決断。

 とかく、八兵衛とお加代の間には大きな身分の隔たりがあったのだから尚更だ。なにせお加代か、お加代の父がわずかでも反意を唱えたならば、八兵衛の首はたちどころに跳ね飛ばされていたのだから。

 だがしかし、八兵衛の決断は祝福されることとなる。お加代も、お加代の両親も、これ以上ない相手と八兵衛を評していたからだ。しかし、お加代の家族や、そして当の八兵衛よりも何より喜んでいたのが、お加代の二人目の家来の徳助だった。親友のためにここまで嬉し泣きしてくれる奴はそうもいないだろう。それは、「いい奴」という言葉は、彼を体現するために生まれてきたのか、と思うほどに。

 そうはともあれこれが、八兵衛がお加代の夫となった刻(とき)であった。

 

9.家(A.D.2148

 

 私と輝が高校二年生に進級したのとほとんど時を同じくして、第三次世界大戦が勃発した。直接の原因は長年続いていた米露戦争ではなく、漁夫の利を狙った第三帝国、すなわち旧中華人民共和国によるアメリカ大陸への計13発の大陸間弾道ミサイルであった。そこからは矢継ぎ早にアメリカ陣営とロシア陣営、そして第三陣営により、地球は息つく暇もなく、火器、生物兵器、化学兵器、光学兵器、音響兵器といった、核兵器を除くありとあらゆる兵器の雨あられを受けることとなった。

 アメリカを支持していた日本は当然、第三帝国から厚い攻撃を受けた。アメリカの庇護なき日本は満足な自衛など行うこともできず、こうして、2048613日、日本政府はこの大戦争への参戦を決めたのだった。

 当の私はと言うと、守部の部屋で日本参戦のニュースを見ていた。

 確かに不安ではあった。だがしかし、一般市民にはあまり関係の無いものだ。いや、実際には多いに関係があるのだが、実際に軍隊として出向かない以上、日本軍がどこで戦おうが、誰が死のうが、自分たちには関係がなかったし、興味もなかった。どう考えてもおかしいし、異常な発想であったことは、今になって俯瞰して考えてみたらわかる。だがしかし、なにぶんそういう時代だったのだ、と、そう表現する他ない。如何せん私たちは知的好奇心といったものを殆ど持っていなかったし、それどころか、自分たちの生死にさえさほど気を配ってなかったのだ。ただ、彼一人を除いては。

 

10.町(A.D.2148

 

「古代核戦争説という話がある」

 輝は、ディスプレイに映るニュースに目を遣ったまま口を開いた。

「簡単に言えば、紀元前の古代世界に、現在と同等、もしくはそれ以上の科学力を持った文明が存在していたが、それらは核戦争によって滅亡した、という論説だ。

「なぜこんな説が立てられたのかと言うと、世界各地に核戦争の痕跡が遺されているからだ。

「例えば古代四大文明として名高い、インダス文明の計画都市モヘンジョ・ダロには、『ガラスになった町』と呼ばれる地域がある。黒いガラス質の石が、800メートル四方をびっしり覆っているという場所で、その黒いガラス質の石は、高熱で溶けた砂が再固化したものと判明している。更にそこには、突如として高温によって死滅したような謎の白骨死体が幾つも残されているという。

「古代インドの二大叙事詩、『ラーマーヤナ』と『リグ・ヴェーダ』には、『太陽が一万個集まった光り輝く柱』、『池の水が蒸発、猛火に焼かれた木々のように倒れる戦士たち、火傷で逃げまどう戦象、灰と化す住民』、『恐ろしい風、うなる雲、揺れ動く太陽』、『方向感覚を見失うほどの濃い闇』、『髪の毛や爪が抜け落ちた死体、毒された食物、鎧を脱ぎ捨てて体を水で洗う生存者 』といった、まるで原爆の被害記録のような描写が克明に描かれている。俗に言う『インドラの矢』というやつだね。

「トルコの荒れ果てた砂漠の地下、カッパドキアには、数十万人を収容できる大地下空間が遺されている。このような施設を作れたこと自体が驚きだが、これがまるで核シェルターのようなのだ。さらに、カッパドキアの近くにはシェルター構造を持った施設や、超高温によって溶解したような遺跡が幾つか遺っているし、またそこに住んでいたヒッタイト人の神話には、またもや核戦争を表すような記述が残されている。

「原爆の父として知られるオッペンハイマー博士は、この原爆実験が本当に世界初なのでしょうか?という質問に対し、『ああ、近現代においては初めてだろう』という意味深な発言を残していたという」

 オカルトに魅せられた輝のいつものよもやま話。いつもだったら、まるでスピードラーニングの如く聞き流していたのだが、流石にこの時は聴き込んでしまった。なにぶん、時勢が時勢だ。核戦争。古代に本当にそれが起こったかどうかはどうでもよかったが、全面核戦争の足音が近づいているのは確かだった。文明の、全てが、消える……

 果たして、そんなことが起こりうるのだろうか。

「でも……本当にそんな超文明があったなら、何かしらの遺跡が遺ってるはずじゃないかしら。それだけの超文明なら、それなりの……遺物が」

「うむ。そこが恐ろしいところなんだよ。超文明であるほど、その遺物は残りにくいんだ。というのもね、鉄筋コンクリートの超高層ビルは、200年も経てば崩壊してしまうし、道路や自動車や住宅は10年ほどで朽ち果ててしまう。コンピューターの記憶や書籍やフィルムも50年経たない内に全て駄目になる 。結局、何千年後まで残るのは、ピラミッドやら万里の長城と言った石造りの遺物なんだ」

 いい質問だ、と言わんばかりの表情で切り返してきた輝に、私は口をつぐんだ。このまま核戦争が起きたら、全て消えてしまうのだろうか。家も、町も、私たちも、全て。

「かの有名な科学者、アインシュタインはね、第三次世界大戦に使われる兵器について、こう述べたという。『第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次世界大戦ならわかります。石と棍棒でしょう』、ってね」

 輝のそういった発言は、当時の私には、全て消えてしまうのか、という疑念を後押しする内容に思えたのをよく覚えている。だが今にして思えば、彼は私の疑念に答えを与えてくれていたのだ。そう、当時の私は、もっと穿った見方をするべきだったのだ。

 今日もまた、稲妻が落ちたような爆音が響いた。第三帝国によるいつもの爆雷だ。第二次世界大戦の際には、空襲警報というものが鳴っていたらしい。サイレンとは、いったいどのような音響なのだろう。いや、きっと今だってテレビやネットを見たならば、空襲警報の速報が流れているのだろう。しかし、それを見たところで避難する人も、隠れようとする人もいなかった。サイレンなど、鳴っていようと需要がなかったのだ。なにせ私たちの時代には、避難をするための防空壕も、核シェルターもなかったのだから。

 ゆっくりと滅びゆく定めを、私たちは受け入れていたのだろうか。いやきっと、そんな、覚悟を決めたような想いはなかったに違いない。

 ただ、何も考えていなかっただけだ。

 

11.夢(Age.15

 

  八兵衛は、なかなかどうして刀の腕が立つ男であった。お加代の家来に就く前まではその剣客っぷりを世に披露してきたが、今ではすっかり鳴りを潜めている。どうやら、徳助と出会ったことが彼にとって転機だったらしい。たしかに、徳助が人を斬っている姿は想像に難かった。もちろん、今でも町の悪人や盗人を見かけた時にはその腰の長太刀を持ってして、サッとお縄にかけている。しかしそれでも、お加代の前でその刀身を見せたことはただの一度もなかった。彼なりのポリシーだったのだろう。年端のいかない少女に、暴力の象徴である人を斬る武器を、まして血を見せようとは思わなかったのだろう。第一、彼は刀を使うことなくお加代の騎士たり得ることができた。それだけの凄味を備えていたのだ、八兵衛は。

 半年が経ったお加代との夫婦生活は、順調そのものと言ってよかった。

 八兵衛にとってお加代は、初めての家族だった。いやもちろん、八兵衛にも親は存在した。だがしかし、彼は捨て子だった。親の顔は一人も覚えていなかった。その後、彼は一人の僧侶に拾われ育てられたが、その僧も武装した物乞いに無抵抗のまま殺された。彼はそれから刀の腕を磨くことを始めた。

 八兵衛は、初めての家族を大切に見守った。いつも通りの落ち着いた見目で。

 お加代もまた、いつも通りのきらきらとした瞳で紫色(しいろ)に暮れゆく秋空を眺めていた。

 

12.時(A.D.2151

 

 成人式に来たのは私と輝以外には、数えられるほどしかいなかった。自分の死にさえ興味のない現代人が、自分たちの成人に興味のあるはずがなかった。私だって、輝がいなければ来ていなかったに違いない。

 いつかの時代なら、成人式の後は幾年か振りに再会した友達や恩師たちと旧交を温め合ったり、同窓会とかいうものに行ったものらしいが、仮にみなが参加していたとしても、冷めきった学生時代を送っていた私には、旧交を温めるような人は輝以外にいなかった。だから私は成人式の後は、いつものように輝の家に向かった。

 輝の家には、家族はいなかった。両親は学者であったそうだが、どうやら学界を追放されたようで、財産だけ輝に渡し、海外へ行ってしまったらしい。だがしかし、それは別に輝を捨てたというわけではなく、海外で世界の真理を掴みに行ったのだという。仕送りだってきちんと今でも送られてくるらしい。輝はそんな両親を曇りない気持ちで、誇らしく思っていた。ただ悲しいのは、たとえ真理を見つけたとしても、今の世界はそんなものを必要としていないことだろう。輝たちの家族は、生まれる時代を間違えてしまったのだろうか。いや、今だからこそ、「ああ」なったのかもしれない……が。

 ちなみに私の家族はと言うと、とうに両親とも自殺していた。別に不思議とも思わなかった。そういう「時代」、「ブーム」だったから。両親はただ、「流行」に乗っただけに過ぎなかった。私だって、輝に出会わなければ流行に乗り遅れることなく、とっくに自殺していただろう。それが正解だったか不正解だったかは、その時はまだわからなかった。でも今ならそれはわかるし、そして、当時もきっと、楽しく過ごしていたと思うのだ。

 

13.愛(A.D.2151

 

「愛なき時代」

 部屋に入ってソファーに深く座り次第、輝がポツリと呟いた。

「父さんは、今の時代を『愛なき時代』と表現した」

 愛なき時代。たしかにそんな言い回しを、いつかテレビか何かで聞いた気がする。アレがもしかして、輝の父親だったのだろうか。

「人への愛がないから、隣人への関心が消え、人殺しが横行し、戦争も止まらない。物事への愛がないから、何にも興味を持たないし、情熱もない。そして挙句、自分への愛がないから、自死を果たしてしまう。今の地球からは、あらゆる『愛』が消えてなくなっている、ってね」

 右手を自身の唇に持っていって話す輝の口元は、動きが読み取れず表情が隠れていた。

「確かに、戦争の被害や自殺率は上がる一方なのに、結婚率や出生率はどんどん下がってるものね。本当に、もう、そろそろ滅んでしまうんじゃないかしら、人類」

「ああ、僕もそう思うよ。だけど問題なのは、『そんな時代であること』よりも、そんな事態に対し、『誰も危機感を持っていない事』だ」

「そうね。とりあえず私は、貴方以外には見たことがないわ」

 シリアスげな輝に釣られ、私も目を細め唇を尖らせて話していたが、その台詞はわざとらしげに口角を上げ、輝の目を見て言った。

「父さんと母さんは、その原因、真相を研究していたんだ。心理学、脳科学、宗教学、天文学、生物学……ありとあらゆる観点から今の時代を洗いざらい調べていって。その研究は、追放される結果に終わったけれど……僕にいくつかの説を残してくれた。

「昔の有名な分析心理学者のジークムント=フロイトの唱えた説が元になっているのだけれどね……彼が言うには、人間の心の根源には2つの原始的な欲求があるという。それが、『リビドー』と『デストルドー』だ。

「リビドーとは、『生のエネルギー』であり、『生の欲動』だ。つまり、生きようとする力で……それは乃ち、『種の保存』という本能に端を発していて『性のエネルギー』と表すこともできる。故にリビドーは『エロス』とも訳された。

「対してデストルドーとは、『死の欲動』のことで、『タナトス』とも訳される。この欲求が己に向いた時は自己を傷つけ、最悪、自死に至るという。そして外に向いた場合、それは破壊衝動、暴行、はたまた殺人といった形で現れる。つまりフロイトは、自殺も戦争も、デストルドーの発現と見たわけだ。

「そしてリビドーもデストルドーも、人間の根幹を占めている、誰もが絶対に持ちうる性質なんだ。この二つの気質は、中国では『陽の気』、『陰の気』と呼ばれたし、日本では『愛憎』なんて言葉が見られるね」

「つまり、今の地球からは……リビドー、つまり、生きようとする力、性のエネルギーが……愛が失われているってこと?」

 長い説明が続きそうだったので、私は合いの手を入れた。しかし、なるほど確かに眉唾もいいところだし、下手をしたらSFかオカルトだ。学界追放も頷ける。しかし………………真に迫る感じを受けたのは、何故だろう。

「でも、どうしてリビドーが失われているのかしら、今の地球からは」

 私の質問に対し、待ってましたと言わんばかりに、輝は身を乗り出して答えた。

「それに対しても父さんは、一つの説を唱えていた。それが、『宇宙の意志』だ」

「宇宙の意志……?」

「そう。宇宙の意志。『大いなる意志』、『宇宙の流れ』と言い換えることもできるがね。そしてそれはそのまま、『神』と表現することもできる。

「混沌から生まれた一つの『秩序』。それが宇宙の始まりだ。世界の原初の状態を、ギリシア神話では『混沌(カオス)』、日本神話では天地が混ざった混沌、『泡』と表現している。

「現代の哲学、『散逸構造論』では、あらゆる粒子は散らばる一方であるが、ある奇跡的な確率でそれは局所的に集まり小さな秩序、いわゆる『ゆらぎ』を成し、それがまた奇跡的に連鎖して渦を成すこと……これはいわゆる『好循環(ポジティブ・フィードバック)』と呼ばれているが、これにより、混沌の中から一大秩序が誕生する可能性を説いている。混沌から秩序が生まれるという発想は、今までの常識を覆す考え方だった。ノーベル化学賞を授賞したことも頷ける。元々、『秩序は無秩序に向かう』という『秩序』は、物理学の世界では『エントロピー増大の原則』と呼ばれているね。

「つまりね、宇宙の『本質』は秩序なんだよ。この秩序こそがエネルギーであり、その発端が『ビッグバン』だ。しかし、先も言ったように、秩序は必ず無秩序へ向かう。宇宙全体のエネルギーはいつか必ず尽きる。全てのエネルギー……熱は均等に分布し、世界は溶け合う。その果ては、虚無。つまり、宇宙はいつか必ず、死ぬ。これが宇宙の終焉のモデルの一つ。いわゆる、宇宙の『熱的死』だ。

「生あるものはいつか必ず死ぬ。わかるかい?混沌の中から奇跡的な確率で生まれた秩序……宇宙は、生まれながらにして自らの死を孕んでいたんだ……自らの持つ秩序によって。だがやがて、混沌と化した塵の世界でも、また奇跡的な確率で一つの秩序が生まれ、それは再び巨大な一大秩序……新たな宇宙となるだろう。

「これこそが『宇宙の流れ』であり、この消滅と誕生の循環を仏教の世界では『三千大世界の四劫』と表現している。先の神話におけるカオスといい、宗教というのは、結局世界の真理を突いていたわけだね。預言者とは、真理の探求者だったのかもしれない。

「そして、この宇宙の流れは、絶対だ。誰にも変えられないんだ。それこそが『秩序』、だ。宇宙の本質は秩序なんだ。この世界には大小様々な法則や理論が存在する。それを体系的に理解しようとする働きが、人類の『学問』だ。ただ、そんな世界の真理を解そうとする熱量は、今の人類には消えてしまったがね……」

「あ、あの、ちょっと!」

「ん?」

 何時までも途切れない輝の話に、私は堪えきれず待ったをかけた。さっきの話でギリギリの理解だったのだ。この話は正直意味がわからない。一体この話は、どこに向かっているのか。

「あの……つまり、その話は、リビドーが消えようとしている話とどう繋がるのよ」

「うん?ああ……そうだな。本題に入ろう。

「あのね、その多くある秩序の中に、『個体数調節理論』というものがあるんだ。

「個体数調節理論というのはつまり、一つの種には存続できる個体数が決まっている、というものだ。例えばある種の動物が大量発生すると、その動物のエサが足りなくなって餓死する個体が続出し、結局その動物は元の個体数に戻るということだ。

「これは『生態ピラミッド理論』に連なるものだね。ホラ、学校でも習っただろう?捕食者として頂点に立つ種が一番個体数が少なく、捕食される側の種の個体数が一番多いという、アレだよ。

「そしてこの法則を歪めた場合、つまり、秩序を捻じ曲げようとした場合、『修正』を受けることになる。これこそが、『宇宙の意志』だ。そしてこの修正が苛烈に現れているのが、例えばいわゆる『レミングの大量自殺』だ。しばしば大量発生するレミングは、時に海に落ちて大量自殺を図ることがある。この『死の行軍』とも呼ばれるソレがまさに、宇宙の意志だと言える。

「そして今回は、それがヒトに起こったということだね。つまり、ヒトという種は増えすぎたんだ。今まで……つまり、20世紀前半までは、疫病と戦争が人口調節の役割を果たしていた。20世紀後半の平和な社会では高齢化が進み、人口が増えたが、まだガン細胞といった第二の人口調節プログラムや、食糧危機といった問題がブレーキとなっていた。しかし21世紀に入り、人類はそれを克服した。医療技術と遺伝子工学の目覚ましい発展だ。人類は、科学の力で宇宙の秩序を捻じ曲げたのだ。以来、人口は増える一方となった。乃ち、『人口爆発』だ。

「人類の手によって、いくつの種の動植物が絶滅を迎えただろうか。人類の手によって、どれだけの環境が破壊されただろうか。人類は、科学の力を持ってして、世界の秩序を歪曲したんだ。

「だが、宇宙はそれを許しはしななかった。宇宙の意志によって、修正が行われたのだ。それこそが、人類のリビドーを失わせ、デストルドーのレートを増やすことだった。結果、自殺や戦争が横行し、結婚率や出生率は急低下した。科学の発展は止まり、人口はここ半世紀で著しく減少した」

「その話……なんだか似たような話を聞いたことがあるわね……」

「え?」

 私は思わず、ふと思ったことを呟いてしまっていた。私にとってそれは、珍しいことだった。

「思い出した。旧約聖書の『創世記』よ」

「…………ああ!」

 輝は、わかりやすい合点を示した。

「神は知恵の実を食べた人類に怒り、エデンの園を追放させた。そして、知恵を手にした人類が、生命の実をも手にしないよう、神はエデンの園に炎の剣を配した……だっけ?」

「ああ。知恵の実と生命の実の両方を手にしたものは、神と同等の力を手に入れることになると言われているからね……しかし、よく覚えてたねぇ、あの君が!」

「貴方に読ませられたのよ!誰が好き好んでこんなの読むってのよ!」

 この発言は、今思えば赤面ものだ。だって、自分一人で進んで読むわけがないということは、逆説的に、輝のために読んだということになるのだから。しかしまぁ、幸か不幸か、鈍感な輝はそんなことに気づくはずもなく、話を続けた。

「アラ、そうだったっけか……フム、しかし、やっぱり面白いねえ、君は。だとしたら、紀元前から人類はこの未来を予知していたのだろうか……それとも、旧約聖書の書き手、古代ユダヤ人は真理に至っていたが故、修正力として永遠の苦難に遭うことになったのだろうか…………なんてね」

 輝にとっては小粋なジョークでもかましたつもりなのだろうが、あいにく私には意味がわからなかった。

 でも、それでよかった。そんな会話が、そんな関係が、私は好きだった。

 

14.現(A.D.2151

 

         どうして輝は……私なんかと付き合っているのかしら」

「……え?」

「あっ」

 まずい。やってしまった。心の中で呟いたつもりが、口から漏れていたようだ。

「ああ、いや、ごめん……気にしないで」

 私は先の言葉を取り消したかった。だって、私の言葉をきっかけに輝が内省を始めて私から離れてしまったら、嫌だったから。輝に、離れてほしくなかったから。

 なぜ?

 なぜ私は……輝と一緒にいたいと……思っていたのかしら……

 その答えは簡単だった。私はこの時すでに、輝にベタ惚れしていたのだ。もちろん当時の私はそれを自覚してはいなかったが、そう、私はとっくに彼のことを                 

「教えてあげるよ、哀」

「え?」

 ゆっくりとまぶたを開いた輝が答えた。

「それは」

「僕が」

「君の」

「ことを」

「好いて」

「いるから」

「だ」

 この時私は、私の時空だけが包丁でトントントンと、細切れにされたような感覚に陥っていた。輝の発した言葉の間の一瞬は、その何十倍にも引き伸ばされたような感覚をもって私に聞こえてきたのだ。きっと輝はいつもの調子でスラスラと話していたのだろうけれど、だって、あの輝だから、だから私の方がおかしかったのだと思うのだけれど。でも、もしかしたら、緊張した輝がそれくらいのテンポで話していたのかもしれない。そうであったなら、私は、少しだけ嬉しい。

    と、今でこそ冷静に独白している私だが、その時はもちろんこのような内省をしている余裕はなかった。うろたえていた。いや、思考を停止していたと言っても言い過ぎではなかった。しかも、輝は次のような言葉を続けたのだから尚更だった。

「今すぐ結婚したいくらいに愛している」

 結婚。私にとって「ソレ」は、歴史的な出来事、フィクションの中の出来事と同等の概念であって、それこそ輝の好きな都市伝説の類のようなもので……自分がそれを経験することになるなんて、思ってもいなかった。いや、正確には「あの夢」の中で私……お加代は既に八兵衛との結婚を果たしていたのだが……所詮は夢だ。だから当時は当然驚いた。言葉の一つも出なかった。

 だがそれも、一瞬だった。

 なぜ?

 腑に落ちたからだ。

「ええ」

 私はこの時初めて、「愛」を知った。いや、自覚した。

 今までのモヤモヤした、自分のことながらよくわからなかった、自分の気持ち。

「私も……貴方を愛しています」

 私は輝を愛していたのだ。

 私も「愛」を持っていたのだ。いや、輝が私の「愛」を見つけ、それを育んだのかもしれなかった。

 とかく、西暦2151211日、自分たちと同じ民族が戦争で死屍累々を積み重ねている中、私、比良坂哀と守部輝は、結婚した。

 

15.(A.D.2151)

 

 輝と結婚して一ヶ月が過ぎた。ともに両親がいなかった(ただしそれが生きていると、いないとでは大きな差があったが)ため、今までもほとんど半同棲生活をしていたようなものだったが、しかし、お互いに夫婦であることを、「愛」を意識してからの「ソレ」は、今までとは全く異なったものだった。毎日が本当に、「初めて」の連続。

 端的に言えばそれは、「ドキドキ」。なんて稚拙な表現だろう、それは、使うことを憚られるほどの。しかしその表現が、私の気持ちに一番ぴたりと当てはまったのだった。古今東西の恋愛物語で、ドキドキという言葉が使い古されることにも頷けた。

 今までなんとも思わなかった灰色の毎日は、鮮やかに彩られた。輝が触れた所はきらきらと輝き、輝が踏んだ跡は美しく色付いた。私は輝の後を触り、歩いた。

 輝と一緒になるまで、世界が、こんなにも美しいと思ったことはなかった。

 この時初めて私は、この美しい世界を守りたいと思った。

 輝と結婚してちょうど一ヶ月目の夜、私は久しぶりに「あの夢」を見た。「あの夢」のことを輝に話してから五年が経つが、それはまだ続いていたし、その夢を見る度に輝に話していたが、未だにその正体を掴めずにいた。

 この夢は、一体いつまで続くのだろうか。最後には、どうなるのだろうか。そんなことに思いを馳せながら、輝と二人で、夢を、お加代の物語を追っていた。

 相変わらず本土への空襲は続いていたが、私たちの町はまだ一度も空襲を受けていなかったこともあり、比較的平和に過ごせていた。だから私たちは慎ましやかに、「夢」を追った。

 輝は言っていた。

 「もし僕の話したとおりに世界が動いていて、宇宙の意志によって人類が滅ぼされかけているとしたら……箱庭に生きる僕たち人類の敵は、『世界」ということになる。当たり前だ。僕たち人類は、自分たちを養ってくれたこの世界を破壊しているのだから。僕たちはいわば、この宇宙の「ガン」だ。でも、それでも、僕たちは生きなくてはならない。たとえこの世界を破壊し尽くすことになるとしても。だって、小動物たちだって、どんな過酷な環境でも、自然を「喰っ」て懸命に生きているのだから。光の届かない深海の底で生きるバクテリアは、硫化水素という猛毒を喰らってでもして生きているんだ。僕たちも足掻かなくてはならない。行く先が闇でも、どんな絶望の中でも、光を求めて、希望を夢見て、進まなくてはならない。世界を敵に回してでも、世界に叛逆しなくてはならない。だって僕は、君と一緒にこの世界で、まだまだ生きていたいと思うから」

 

16.(Age.16)

 

 八兵衛が死んだ。

 近くで戦があって、その処理の関係もあり、地方武家であったお加代の家は中央へ奉公に出向いていた。奉公から帰ってきた時、お加代たちの村は盗人達―いや、そんなかわいいものでなく、武装した賊―の襲撃に遭った後だった。しかし盗られたものは何もなく、傷を追った村人もいなかった。ただの一人を除いては。

 普通なら、お加代の夫である八兵衛も、一緒に中央に出向くべきだった。しかし、武家の者がみな村を出るとなると自衛力がなくなり、賊共のいい的になると八兵衛は指摘し、そして、その読みは的中した。賊の正体は、先の戦で敗走した傭兵たちだった。戦いで恩賞を得られなかった彼らは、か弱い村を襲うことで、腹と懐を満たそうとしたのだった。そして八兵衛は、守護としての使命を果たした。村を守ったのだ。自分の命を犠牲にして。ちなみに徳助は、お加代の護衛として一緒に中央に出ていた。

 しかし、村人たちが無傷であったのと同様に、賊も無傷であった。つまり、八兵衛は一切刀を振るわなかったのだ。

 村人たちによれば、八兵衛一人が賊に立ち向かい、そして賊の首領らしき人物に何か耳打ちしたという。

 その後、賊たちは一方的に八兵衛を殺した。八兵衛は無抵抗だった。そして事を済ませたのち、賊たちは村には何もせず帰っていったという。

 それを聞いたお加代は嗚咽を上げることもできず、声にならない泣き声を喉から絞って地に伏して、そして、怒った。賊に怒ったのは言うまでもなかったが、その怒りはたしかに、八兵衛にも向けられていた。そして、やっと出た言葉を紡いで切れそうな声で叫んだ。

「何故(なぜ)に!何故に黙(だも)うて殺された! 八兵衛殿の腕ならば殺せたはずじゃ!賊の一人や二人、確実に殺せたろう!悪人の命をも守ってどうするのだ…………うつけじゃ……!八兵衛殿は……大うつけ者じゃ…………っ。

「余と一緒になって……八兵衛殿はうつけになったのじゃ……何故に刀を振るうことをやめたのだ……徳助は、以前言うておったな?八兵衛殿は、余に血を見せたくないのだと……それならば、ならば……!八兵衛は余のせいで死んだということになろう……!!余が……余が……八兵衛殿を……………………」

 言葉の最後には、もう、怒る力も失せていた。絶望。お加代の大きな大きな瞳からは、止めどなく涙がこぼれ落ちていた。

 徳助は、お加代を否定することなく、しかし、悟らせた。

「八兵衛殿は、最善の選択を取ったのです。八兵衛殿も考えていた通り、力が手薄になった村を狙って盗人が現れました。ただの盗人程度ならば、八兵衛殿がお縄にかけたことでしょう。しかし、さしもの八兵衛殿も、まさか傭兵の集団に襲われるとは考えていなかったのです……いかに八兵衛殿が強者であろうと、傭兵の集団には適いますまい。いや、幾人かは倒すことは出来たでしょうし、刺し違えることくらいも出来たかもしれません……が、しかして仮にそれを失(しっ)した場合、仲間を討たれた賊共は怒りに任せこの村を蹂躙したことでしょう。村人たちを総動員して、共に賊と戦うという手もあったでしょうが……しかし、それは間違いなく村人も手傷を負う選択……八兵衛殿は、偉大な選択を為されたのです……!恐らくは何らかの契約を交わし……自分の命一つを用いて、村人たち全員を救ったのです……」

 言葉だけを聞けば、徳助は極めて淀みなく話していた。まるで悲しみなどないかのように。しかしその顔は、とどまることのない涙と鼻水とでぐしゃぐしゃに崩れていた。しかし口だけは、お加代に責任を負わせないよう、淀みなく動かしていたのだ。

 八兵衛と賊とが交わした契約……それは契約というよりは、殆ど脅しのようなものだったと考えられる。つまり、殺される側が脅していたのだ。

 八兵衛の強さは世に広まっていた。恐らく賊たちも、村を襲いにいった際、まさか村一番の強者である、八兵衛がいるとは思ってもいなかっただろう。確かに賊たちは武装していた上、人数も十分にあったが、しかしそれでも八兵衛と戦うことは、仲間の半数を失うことを意味していた。第一、彼らは戦で仲間の大半を失っていた。その上、このような村でこれ以上の戦力を失うことは避けたかった。つまり、八兵衛を倒したあと村を略奪することができても、余りにも彼らに不利益が大きすぎたのだ。しかし略奪に値するだけの大きさを持つ村は近くにはここしかなかった。賊たちも、葛藤していたのだ。

 そこで八兵衛は交渉を持ちかけた。自分は無抵抗でいるから、代わりに村には手を出すな、という交渉を。その交渉内容自体はよく聞くものだが、それを実際に果たし得るには八兵衛ほどの力がなくてはならなかった。どういう意味か。つまり、その交渉は普通なら、簡単に破られてしまうのだ。賊たちの一番の障害は八兵衛なのだから、八兵衛を殺した後は村を簡単に蹂躙することができるのだ。しかし、そこに八兵衛の極めて優れた点があった。彼は確かに、村一番の強者であった。しかし、そうであるとは周りに悟らせなかったのだ。つまり、八兵衛自身は強者であるが、自分はあくまで仕える身、自分の仕える主人たちは、自分より遥かに強大だと、そんな印象を持たせられるよう振舞っていたのだ。

 実際に恐ろしく強い八兵衛が、その八兵衛が仕える程の強者が村の武家。そんな印象を用いて、八兵衛は賊たちを脅したのだ。「もし約束を破りこの村を襲ったならば、我が主人たちは地の底までお前たちを追い続け、そして壊滅さするだろう。第一、私の首は高く売れるはずだ。こんな小さな村に構う必要などあるまい。頭をよく使い、利益と不利益とを天秤にかけてよく考えろ」、と。

 その結果、ことは八兵衛の予想通りに進み、そして、八兵衛は死に、村は守られた。

      ほとんど一年で、お加代の結婚生活は終わりを告げた。

 

17.(A.D.2151)

 

 目が覚めたのとほとんど同時に、私の上半身はバネ仕掛けみたいに跳ね起きた。今まで生きてきた中でも、最悪と言ってもいい程の寝覚めの悪さだった。

 背中は冷や汗をかき、口の中はカラカラだった。その最悪の感覚は、今でも思い出せる。

 世界が終わったのかと思った。

 八兵衛が死んだ。

 そしてその日以降、私はその「夢」を見ることはなくなった。八兵衛が死んで、お加代の物語は16歳で終わりを告げた。通算、15回目の継続夢だった。16回目の夢はどこへいったのだろうか。もう、見るべきお加代の過去も、私の未来もないということだろうか。

 そして、15回目の夢をみたその日、ちょうど輝と結婚して一ヶ月と一日目の朝、家に召集令状が届いた。イヤなくらいに綺麗な淡紅色の紙片だった。そう、いわゆる「赤紙」であった。

 第三次世界大戦は熾烈を極めていた。それは第二次世界大戦、乃ち太平洋戦争と同じだったのかもしれないが、今回の日本人には、戦意も、民族意識も、何もなかった。当然、22世紀の志願制の軍隊などすぐに崩壊した。そして帝国時代の制度、つまり、徴兵制度が復活を遂げたのだった。21世紀だったならば、きっと国民の大反対、猛反抗に遭ったのだろうが、あいにく当時の私たちに、デモや反対運動をするだけの熱意はなかった。

 成人を迎えた輝は、北海道旭川での半年間の養兵義務の後、ユーラシア大陸北部に派兵されることが決まった。

 私は、昔の私なら決して作ることはなかったであろう「お守り」を作って、輝に渡した。「難」が「転じる」ように、と、南天の刺繍を挿したお守りだった。気休めにもならなかった。第一私は、そういった神がかりの類の力を信じてはいなかった。だが、何もしないよりかは、精神衛生上いくらかマシだった。どこにぶつけていいのかわからない、怒りなのか絶望なのかもわからない、ドロドロとした私の気持ちの全てを刺繍に注ぎ込んだ。我ながら上手くできたと思う。編み込まれた南天の実は、イヤなくらいに、綺麗な赤色だった。

 やっと育まれた私の愛は引き裂かれた。輝のせいで愛を自覚していなければ、きっとこんなにも辛くなかったのだろう。

 輝は出立前、こう言い残していた。

 「希望に尽くした人間の結末が、悲劇的であっていいはずがない。僕は必ず帰ってくる。だから君も……行く先が闇でも、光を求めて。しばらくは僕なしで、一人で。必ず、戻るから」

 新しい世界が始まる。

 「最悪の気分よ」

 輝が出ていった後の部屋で、フローリングのラインを細目で眺めながら私は一人、そう呟いた。

 私の世界は終わった。



                                                             



夢十六夜。あるいは、時を刻む夢 ―完結編― に続く




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