『ドリームマスター増田』予告編

オリジナルWEB小説『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢』の完結編になります


……が、このハメコミの動画は個人的な自主制作映画の宣伝になります。近場に住んでる方は是非。

予習の記事もあったりなかったり→ 明晰夢.Com


そういえば関係ないんですが、このブログ、いつのまにやら総訪問者数20万を2万人も超えてたようで、ありがたい限りですね。ちなみに月平均のアクセス数8000PVだそうで、最シェアはあいぽんだそうです。当ブログはPCでの閲覧推奨ですけどね!!!!
例のアニメ映画3つの感想記もパパっとあげたいんですが……最近Filmarksをはじめましてね、アレ、便利ですね。ブログの記事の下書きみたいな雑さでサッとあげられるせいで、Filmarksで済ませがちに……でもFilmarksではネタバレありで感想書き難いし……やっぱりはやく感想記事書きたいですね(御託はいいから早く書け)


ぼくのFilmarksです。


では以下、『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢 ―完結編―』と、その制作のメイキングもどきとか自己流のシナリオメソッドになります。


夢


「夢十六夜。あるいは、時を刻む夢 ―完結編―」

 

ジャンル

SF浪漫短編

紹介文

22世紀。愛なき時代の物語。

登場人物

……比良坂哀(ひらさか あい)

……守部輝(もりべ てる)

 

●完結編目次

18.

19.

20.墓前


―本編―

0.序(A.D.2145

1.夢(Age.6

2.空(A.D.2145

3.光(A.D.2145

4.夢(Age.10

5.赤(A.D.2146

6.瞳(A.D.2146

7.夢(Age.13

8.夢(Age.13

9.家(A.D.2148

10.町(A.D.2148

11.夢(Age.15

12.時(A.D.2151

13.愛(A.D.2151)

14.現(A.D.2151

15.(A.D.2151)

16.(Age.16)

17.(A.D.2151)







                                            


18.(A.D.2152)

 

 あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、と叫べていたならば、まだよかった。あいにく、輝が出ていった後の私は、話すことをやめていた。

 私には話す相手もいなかったし、話す必要もなかった。私の発声器官は、その存在価値を失った。

 いやそれどころか私には、何かを見る必要もなかったし、何かを聞く必要もなかった。見るべき人はもういなく、聞くべき相手もいなかった。輝がいなければ、本を読む意味も、外へ出る意味もなかった。

 輝は私の心に、伽藍(がらん)の「穴」を残したのだった。

 

 西暦2152年、2月。輝の養兵期間の半年は、枝から千切れた枯れ葉がひらひらと地に落ちるくらいの速さで過ぎた。そして予定どおり、輝は派兵された。

 私はもはや、輝なしで生きることができなくなっていた。

 ただ一言、去り際に輝の残した「生きて帰る」の一言を信じ、「おかえり」をいつか言うために、ただそのためだけに生きていた。

 

 輝は予定どおり、ユーラシア大陸北部、旧ロシア領サンクトペテルブルクに派兵された。輝含む、日本自衛軍第二混成特科大隊の任務は補給線の確保だった。

 米兵はかつてはロシア領だった「そこ」を制圧し、さらに北へ進んだ。しかし、彼らのキャンプは酷い攻撃を受けてしまい、兵站能力を大きく失ってしまったという。敵の中心地においてその展開は、全滅を意味していた。しかし、そこは絶対に外せないラインであったが故に、アメリカの連合国であった日本国はそこに派兵を行うことを決定したのだ。

 前線にいる米兵よりかはよほど安全な戦場だったが、しかし、輝が生きて帰れる保証はどこにもなかった。何故ならそのラインが重要であった以上、敵も死力を尽くしてそのラインを成立させんと躍起になるに違いないからだ。

 そういった戦況は、輝から逐一送られてくるエアメールで知った。

 輝からメールが届き、受信機のライトが青色に明滅する度、私の心臓は「ドキン」と一音高鳴った。瞳孔は収縮し、口の中は一瞬で乾き、下腹部はじんわりと熱く痛み、背中にはイヤな汗が染みた。

 そしてそのメールを開き、輝がまだ無事なことを知る度、私は安堵のあまりに目眩を起こして掌を床につく生活を繰り返していた。

 

 311日、輝からのメールが途絶えた。

 315日、輝の音信が途絶えてから5日が過ぎた。そしてその翌日、ある一報が届いた。

輝含む第二混成特科大隊擁する海洋母艦が、第三帝国の攻撃により沈み、隊員の九割が生死不明、行方不明になったという報道が。

 輝は消えた。

 目の前が真っ暗になった。よくある比喩や形容ではなく、本当に、何も見えなくなった。

 以来、輝の消息は完全に途絶えた。

 私の世界は終わった。

 

 私はベッドから起きることをやめた。一日中電気を消して、空調も切った。何も食べなかったし、何も飲まなかった。

 私には、生きる意味がなかった。

 私には、生きようとする「欲」がなかった。私は自分の「夢」を失った。

 ただひたすらに眠った。しかし、いくら眠ろうとも、夢の一つを見ることもなかった。

 「あの夢」はどうなったのだろうか。お加代は「あの先」どうなったのだろうか。

 八兵衛を失って、彼女の物語は終わったのだろうか。私の物語が、輝を失って終わったように。

 眠るだけの生活を始めて2日目の夜、窓の奥が突然光り、私の部屋が真っ白に包まれたのとほとんど同時に、今まで生きてきて聞いたことのないような音が響いた。いや、「アレ」は音というよりは、「振動」と言ったほうが正しかったのかもしれない。

 

 318日、私の町に初めての爆撃が行われた。

 隣の家に住んでいたおじいさんは、いまどき珍しいくらいの長寿だった。私も小さい頃、あのおじいさんに遊んでもらった記憶がある。親はかまってくれなかったから。そうは言ってもしかし、当時はそれが当たり前で、町の浮かばれない子供たちを集め、遊んであげていたおじいさんの方が異常……今の「愛なき時代」のマイノリティだったのだろう。そしてあのおじいさんはきっと、輝の言っていた仮説風に言うのならば、「愛」を持っていたのだろう。

 だが、そのおじいさんも家ごと焼き消えてしまった。残ったのは、わずかな瓦礫と炭とチリと黒い煙。

 半年前の私なら、きっとその状況に恐怖しただろう。輝との日々を、失いたくなかったから。しかし、今の私には失うものは何もなかった。

 私にはもう、目を覚ます気力もなかった。

 

 しかしその日の夜、私は目を覚ますことになった。まぶたの裏に見慣れた青い光が映ったからだ。

 その青い明滅は、私の家の受信機にエアメールが届いた証だった。輝からの連絡が途絶えて以来1週間、光ることのなかったそれが。

 私の心臓は恥ずかしいくらいに高鳴った。否が応でも、「嬉」の感情が心をかすめずにはいられなかった。期待してはいけないとわかっていながらも。

 2日ぶりに私はベッドから半身を起こした。久しぶりに身体を動かしたからか、少し筋肉の痺れを感じる左腕を伸ばし、枕元で未だ健気に明滅を繰り返す受信機に手を伸ばした。エアメールの文面が放つ電子光は、暗室に浸っていた私の目頭をチカチカと痛めさせたが、構わず私は必死になって、「ソレ」を読んだ。

 しかし結果として、「ソレ」は私を裏切ることとなった。久しぶりに唇を動かし、私は一人、暗室でつぶやいた。

 「第三帝国が、ついに核兵器を使用…………」

 

 319日、第三帝国、乃ち旧中華人民共和国は米領南欧州に核ミサイルを使用した。

 さらにその3日後、322日、第三帝国は北欧州に核ミサイルを使用した。

 

 核戦争が始まった。

 私は気づいた。世界は、輝の言っていた通りに動いていることに。

 人々は自己と他者への愛を忘れ、自分と相手を殺し続けた。誰も、生きようとは思わなかった。

 そして、核戦争が始まった。核で核を洗う、人類史上初の核戦争だ。いや、輝の言っていた古代核戦争以来の、核戦争かもしれない。

 被爆地では、全てが刹那で消えた。あんな一発のミサイルが、人も、町も、草も、水も、全てを消し飛ばしたのだ。古代世界の超文明が核戦争で全て消えたように、この世界の文明も、人類の痕跡も、私と輝の生きた証も、全て消えてしまうのだろうか。生あるものはいつか必ず死ぬ。この宇宙は虚無へと向かう。それがこの世界の秩序。それが宇宙の意志。人類の滅亡は宿命なのだ。

 今思えば不思議だ。どうして輝は、あんな話をしたのだろう。終末を語るような、あんな話を。

 私を絶望させるため?

 私の未来をなくすため?

 私は、どうしたらいいの?

 輝は、何がしたかったのだろう。私を堕とすだけ墜として、自分は勝手に消えて、挙句、虚無の預言を残して…………

 私は目を薄く開いたまま、布団に頭を沈めた。布の繊維が眼球を触ったが、私は気にしなかった。だって、人類は滅んでしまうのだから。だって、全て消えてしまうのだから。

 

 地鳴り。

 地響き。爆発音。

 私は、今の体勢のまま全てを受け入れることにした。

 金属音。轟音。落下音。

 だんだんと近づいてくる「死」の音を。

 倒壊音。振動音。摩擦音。重低音。

 騒音。雑音。排気音。呼気音。雷鳴。足音。銃声。高音。爆音。不協和音。残響。破裂音。斬撃音。警笛。発砲音。打突音。悲鳴。

 地鳴り。地響き。爆発音。金属音。轟音。落下音。倒壊音。振動音。摩擦音。重低音。騒音。雑音。排気音。呼気音。雷鳴。足音。銃声。高音。爆音。不協和音。残響。破裂音。斬撃音。警笛。発砲音。打突音。悲鳴。地鳴り。地響き。爆発音。金属音。轟音。落下音。倒壊音。振動音。摩擦音。重低音。騒音。雑音。排気音。呼気音。雷鳴。足音。銃声。高音。爆音。不協和音。残響。破裂音。斬撃音。警笛。発砲音。打突音。悲鳴。地鳴り。地響き。爆発音。金属音。轟音。落下音。倒壊音。振動音。摩擦音。重低音。騒音。雑音。排気音。呼気音。雷鳴。足音。銃声。高音。爆音。不協和音。残響。破裂音。斬撃音。警笛。発砲音。打突音。悲鳴。地鳴り地響き爆発音金属音轟音落下音倒壊音振動音摩擦音重低音騒音雑音排気音呼気音雷鳴足音銃声高音爆音不協和音残響破裂音斬撃音警笛発砲音打突音悲鳴地鳴り地響き爆発音金属音轟音落下音倒壊音振動音摩擦音重低音騒音雑音排気音呼気音雷鳴足音銃声高音爆音不協和音残響破裂音斬撃音警笛発砲音打突音悲鳴地鳴り地響き爆発音金属音轟音落下音倒壊音振動音摩擦音重低音騒音雑音排気音呼気音雷鳴足音銃声高音爆音不協和音残響破裂音斬撃音警笛発砲音打突音悲鳴地鳴り地響き爆発音金属音轟音落下音倒壊音振動音摩擦音重低音騒音雑音排気音呼気音雷鳴足音銃声高音爆音不協和音残響破裂音斬撃音警笛発砲音悲鳴。

 死にたい。

 死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい……………………………………………………死にたくない。

 死にたくない。死にたくないよ…………死にたくないよ、輝。でも、でも……もう………………………………………………………………………………………

 「行く先が闇でも、光を求めて」

 ?

 これは……誰の言葉だったっけか…………

 「希望に尽くした人間の結末が、悲劇的であっていいはずがない」

 ああ、思い出した。輝の言葉だ。輝が家を出ていく時に私に言った言葉だ。ああ、懐かしい。

 でも、もう無理だよ、輝。

 辺り一面ただの闇。一筋の光もない。ないものを、どうやって求めるの?

 輝も消えた。町も、文明も、私も、全て消える。希望なんて、もうどこにもたい。絶望?いや、それは虚無。

 全てが均等に平衡になった世界。宇宙の熱的死。生あるものはいつか必ず死に、秩序は混沌へ向かう。それがこの世界の秩序。古代の超文明も核戦争で滅んだ。そして今回も…………全て、貴方の言った通りよ、輝。

 輝との6年間の会話が濁流のように、海馬に流れ込んでくる。ぐちゃぐちゃに、全てが想起される。

 ねえ、輝、どうして貴方は、あんな話を            

瞬間、私の網膜に光が走り、私を覆う闇がぱっ、と真白くあてられた。

 私はその雷の如き光に目を遣り、まぶたを見開いた。時が止まった。

 

 その白光は、新たに落とされた爆薬が炸裂した故のもので、つまりは、絶望の象徴のはずだったのだが、今の私にはそれは、絶望という闇に射した一筋の希望の光に映ったのだ。

 「希望に尽くした人間の結末が、悲劇的であっていいはずがない」

 これは輝の言葉だ。

 「行く先が闇でも、光を求めて」

 これも、輝の言葉だ。

 「人生は苦難の連続だ。人類の存続は、他の生態系や、ひいては宇宙に悪影響を与えるかもしれない。それでも人類は生きなければならない。生きていればなんとかなる、生きていればどこだって天国になる。行く先が絶望でも、希望を求めて、歩みを止めてはならない」

 そう、輝は私に絶望ではなく希望を教えていたのだ。

 「生命の定義とは、生きようとするモノのことだ!生きる気を失った者は、もはや生命ですらない!!」

 輝は、死ぬつもりだった私に、日常の光を教えてくれた。それは、死んでしまうには惜しい、なんて愛おしい…………きらめき。それは、希望。

 古代核戦争の話も、世界の秩序の話も、宇宙の意志の話も、全て、私に希望を教えようとしていたのだ。

 超文明は核戦争によって滅亡したかもしれない。だがしかし、その文明の痕跡はモヘンジョ・ダロの遺跡としてしっかりと残されている。今まで伝わってる神話にも彼らの生き様は記されているし、カッパドキアには彼らの核シェルターが遺っている。

 そう、彼らの一部は生き残ったのだ。核戦争という闇の中から光を求めて、生き延びた人たちがいたのだ。古代核戦争説という論説が存在することこそ、彼らが完全に滅亡したわけではないという証なのだ。

 宇宙の意志によって増えすぎた人類は、リビドーの減少、デストルドーの増加という形で滅ぼされようとしている。宇宙の意志に逆らうことは、何者にも叶わない。輝は、古代ユダヤ人も宇宙の意志によって苦難に遭ったのかもしれないと言っていたっけ。でも、ユダヤ人は何千年にも渡る長い長いあいだ苦難に遭いながらも、彼らは今も、しっかりと生きている。そして何より、私と輝の心には、きちんとリビドーが……「愛」が残っているのだ。

 秩序は混沌へ向かい、宇宙はやがて熱的死を迎える……生あるものはいつか必ず死ぬ……それがこの世界の秩序…………

 だが、全てが滅んだ世界でも、散逸構造論により奇跡的な確率で混沌の中から一つの秩序が生まれ、それはやがて新たな宇宙を生み出す……

 仏教が「三千大世界の四劫」の繰り返しを説くように……この世界は生と死の循環から成っている。そう、有は無から生まれるのだ。死から生が生まれるように。

 私たちのいるこの世界は、終わらない。絶望の中にも必ず希望はある。

 例え、世界の「秩序」という「宿命」にも、「希望」を求めて抗わなくてはならない……それが「人間」であり、それが「生命」なのだ。輝は、ずっとそれを私に伝えていたのだ………………

        再び、閃光。闇に墜ちた部屋が爆雷で照らされた。そして、数秒遅れてやってくる轟音と地鳴り。その音が届く前に私は立ち上がった。

 私は、生きなくてはならない。

 この世界の、この宇宙の本質は「秩序」にあると輝は、言った。何者もそれに逆らうことは許されない、宇宙の意志による世界。愛なき世界。それは正に、神の箱庭。それでも私は愛を知った。ならば理が世を統べるこの世界で、私は愛に生きる。この宇宙に逆らってでも、この世界に叛逆してでも、私は生きる。貴方とここで生きていくと決めたから。

 私はまず布団を剥ぎ、ベッドから足を下ろすと洗面所へ向かい、冷水を両手ですくい勢い良く顔に叩きつけた。人差し指で目元の垢をねじくり取り、白いコットンタオルで顔の水分を拭き取った。

 毛先からはまだ水滴が滴っていたが、気にしない。次に全身のストレッチを始めた。それこそ小学生の夏休みの頃、今はもう死んでしまった隣の家のおじいさんに率いられてやっていたラジオ体操以来の、十分ほどに渡る入念なストレッチだ。しばらく寝たきりで衰えていた私の筋肉は程よく伸び、骨液中の気泡がぱきぽきと破裂音を鳴らした時、私は空腹と喉の乾きに気づいた。なにせ、3日間飲まず食わずだったのだ。飢餓を覚えて当然だ。私は家中の食べ物と飲み物をかき集め、早めの朝ごはんに入った。しっかり食べようと思ったが、腹八分目くらいがちょうどいいという輝の言葉を思い出し、いい塩梅で食事を終えた。

 次に、家にあった食料品や飲料水、そして生活必需品や消耗品、消火器類や生命維持装置のたぐいも忘れずに部屋の一角に集め、その一部を非常用持ち出し袋に詰めて、残りをさらに二つに分けた。片一方は家の備蓄用、そしてもう一方はこの家の地下、つまり輝が防空壕として急設した地下空間への備蓄用だ。

 最後に緊急情報がキチンと届くよう、電信機のスイッチを入れた。とかく、私は生き残らねばならない。当時はアホらしいと思いながら(私にとってはほとんど娯楽の一環で)一緒に作っていたものだが、輝が防空壕を作ってくれていたのは助かった。まだ彼に頼ってしまっている我が身を確認して、私は再起を開始した!

 

 それからの2週間は町の物資を集めつつ、警報が入ったら地下に隠れるというルーチンで過ごした。

 幸い、2週間前の空襲以来、私の家近くへの爆撃はなく、しばらくは安静に過ごすことができた。戦争が終わって……そして輝が帰ってくるまで生き延び、そしてこの家を守る……それは、案外可能なことのように思えた。

 

 しかし44日、その状況は一変した。

 日本に、史上三度目の核兵器が使用されたのだ。それは、広島に落とされた原子爆弾、ガンバレル型ウラニウム活性実弾L11の五千倍の威力を誇る水素爆弾であった。日本の衛星地図から、仙台は消失した。わかっているだけでも80万人以上が死亡し、伊達政宗の青葉城も、国宝の大崎八幡宮も全て消えた。

 

 決して軽視していたつもりはなかったが、やはり私は核兵器というものを舐めていたのだと思う。その威力は、正に、決戦兵器。対国兵器と呼ぶことも叶おう。

 そう、如何に私が地下に隠れようと、あのような「モノ」を使われたらなんの意味もないのだ。この町の全てが消え去るだろう。

 この町にあの兵器が使用されたら、私はきっと間違いなく、死んでしまう。輝の帰ってくる家を守ることができない。

 私は過去に学ばねばならない。そう、カッパドキアに残された巨大な地下シェルター。そのレベルの対策をしなくてはならないのだ。小さな努力は強大な力の前では簡単に掻き消されてしまう。それを覚悟しなくてはならない。

 

 そんな水爆の威力は恐ろしいものだったが、それより恐ろしいのは、そのような惨禍に晒されながらも(悪い意味で)全く動じない日本国民であった。現地は地獄のような状況だったということは、考えずともわかる。私たちの命や町は、簡単に消えてしまうということを認識したはずだった。

 しかし、衆民はそれに対してなんの動きも見せなかった。それはやがて訪れる滅亡を受け入れていたということだろうか、いや、違う。ただ、何も考えていなかっただけだ。

 しかしこのような状況を嘆くのは、ハッキリ言って今更というものだろう。彼らは前からそうだったし、輝はそんな人類に対してずっと警鐘を鳴らしていた。

 それに、偉そうに講釈を垂れている私だって輝に出会っていなければ、どこに焦点が向いているのかわからない周りの人々と同じように、考えることをやめていたに、違いない。

 

 確かに核シェルターは日本でも国によって建造されていたものの、それはお偉いさん方専用のシェルターで、私たち一般市民に用意されたものではなかった。そして、一般市民でシェルターを作ることはもちろん、それについて国に抗議することもなかった。普通の爆雷に対して防空壕も作らないような人々なのだから当たり前だったが、とかく彼らには自らの生への執着というものが全くなかった。そして、彼らには守るべき人もいなかった。自分への「愛」も、他者への「愛」も持っていなかったから。

 フラフラと焼けた町をさまよう人々は正に亡霊の群衆。背は曲がり、目は淀み、足元ははっきりしていなかった。個は見えず、薄く透けている。はじめ、爆撃による死者の霊かと本気で疑ったことすらある。それほどまでに、彼らは死んだように生きていた。

 つまり、もう私ひとりでどうこうするという話ではなくなっていたのだ。この核戦争を生き残り、輝が帰ってくる町を守るには、私ひとりの力では敵わない。市民の力が必要なのだ。

 しかし、市民の生き残ろうとする想いは皆無と言ってよかった。

 つまり、有り体にいって、私は詰んだ。

 八方塞がり。万事休す。五里霧中。私の周りには、再び闇が満ち始めた。

 

 それからしばらくは、人を募ることに徹した。

 核兵器の恐ろしさ、そして、政府に核シェルターを作ってもらうか、民間で核シェルターを作らなければ、みんな死んでしまうこと。そんなことを記した張り紙や、呼びかけを講じたり、ネットでアナウンスしてみたりした。まだ生きていたいと思っている人……退廃的な同調に呑まれているだけで、本当は「愛」を持っている人たちへ……

 しかし、結果は散々だった。地元では2人しか集まらず、ネットでは数十人は応じてくれたものの、地方に散っているため合うことは困難であった。そして私は考えたのだ。例え政府に嘆願してシェルターを作ったとしても、衆民に生存の意志がなければ、意味がないのではないか、シェルター内で滅亡するだけなのではないか、と。そして政府も業者に頼むのであって、結局は衆民の意識を変えないことには、滅亡は免れ得ないことを。

 つまり私たちが生き残るには、何にせよまずは、衆民の意識改革をする必要があったのだ。

 2週間、私は訴え続けた。

 ネットでは、少しずつ支持者が得られた。中には富裕層もいて、やはり現状恵まれている人は保身を望むということなのだろうか……「(自己)愛」は金で得られるのか、と考えると私は少し複雑な気持ちにもなったが、それでも彼らは私の少ない仲間の1人だった。熱量の差はあれど、私たちは必死に活動を続けた。

 

 活動開始から3週間、有志者は私を入れて35人となった。内30人はネットで集った者たちだ。いつ核兵器が落ちてくるかわからない状況としては、悪いペースと言えた。

 そう、私たちはいつ死ぬかわからないのだ。いつ死んでもおかしくないのだ。

 この3週間、久しぶりに輝以外の多くの人に触れてみてわかったことがある。それは皆の多くが、緩やかに、しかし早々に自分の死を望んでいることだ。生きることは面倒くさいから、早く死んで楽になりたい。しかし、やはり少しは死への本能的恐怖が残っているからなのか……それとも自ら死ぬことすらも面倒くさがっているからなのか、自殺を進んで行う人は少なかった。つまり皆、第三者、それも天災級の、つまり核兵器による突然死を、意識的にせよ無意識的にせよ、望んでいたのだ。

 その空虚な毒気に触れるたび、私の心は退廃的同調圧力に侵された。生きながらに生きる意志をなくした集団の瞳は、みんなどろりとした灰色で、そんな群衆の光景は空恐ろしくもあった。

 こんな時、輝がいてくれたら私の灰がかった心も、すぐに晴らしてくれていただろうに。しかし、いま私のもとに輝はいなかった。この世界に生き残っているのかもわからなかった。いや、普通に考えたら死んでいる。私がこの先生き残っても、帰ってくる人はおらず、私は孤独に生き続けるのみで……私がこの町を守っても、全ては無意味に終わるかもしれない。全ては無駄で、今死んでしまったほうが、よほど正しい選択なのかもしれない。

 だがしかし。

 それでも私は希望を求めて生き残らなければならない。

7年前、それで輝に怒られてしまったから。

 「希望に尽くした人間の結末が、悲劇的であっていいはずがない」

 そんなことを言っていた人間が、そんな簡単に死ぬわけがない。行く先が闇でも、光を求めて。どんな絶望的な状況でも、どんな手を使ってでも、希望を求めて、泥水をすすってでも、這い上がって帰ってくるに違いない。第一彼は、できない約束をする男ではないのだ。

 そんな男が、「必ず帰ってくる」と言ったのだ。ならば私は待たねばならない。それが、彼と婚約した私の責任であり、そして、私に生きる意志を、「愛」を教えてくれた輝への恩返しなのだ。後者は、とても個人的な、それこそ身勝手な想いなのだけれど。

 それに私は、生きようとする 35人のメンバーの、一応のリーダーなのだから、光を求めて、進むことをやめてはならないのだ。

 

 衆民の意識を改革する方法。その方法は、かつて輝が私の意識を変えたように、つまり、生きる「喜び」を彼らに教えることだと、私は考えた。35人のメンバーの中には、音楽の才のある者や、絵の才のある者がいた。だからまずは歌を作ってみたり、紙芝居を作ってみたり……私もその紙芝居を町の子供たちに話してみたりした。もちろん、人なんてほとんど来なかった。

 彼らは何事にも興味を持っていないのだ。私にはなんの才もなかったから、人の作ったものを伝える他なかったが、それでも私はめげず、一週間その活動を続けた。

 もちろん、メンバー内で反発もあった。こんなことに意味はあるのか、時間がないのだから、すぐにでも金を集めて自分たちだけでもシェルターに入るべきではないのか、と。

 たしかにそれは正論だった。しかし、人類が、日本国民がこの先、やがて確実に訪れるであろう地獄の時代を生き抜くには、「生きよう」とする強い意志を持った人間が大勢必要なのも確かだった。

 核の一時的な危機は乗り越えられても、この人数ではやがて確実に先細り、そして死に至り、滅亡する。そこまで考えて動かねばならないのだ。

 今はこの方法以外見つけられないのだから、これが最良の手段であると信じて動く他なかった。

 そして、成果は少しずつではあるが得られた。お年寄りや子供は、たまに私の紙芝居を見てくれるようになったのだ。その時は、お菓子を子供たちに配ってみたりした。チョコレート一つで見られる子供たちの純朴な笑顔を、無下にすることは許されなかった。

 そして私は、彼らに、自分たちの目的を話した。そして、どうしてこんなことをすることにしたのか、かつては自分も死を望んでいたこと、しかしそれを輝が変えてくれたこと。そして、夢のこと。色々な話をした。

 

 皆、私の話を熱心に聞いてくれた。そして皆、私に熱心に尋ねてきた。

 「輝はそれからどうなったのか」、「お加代はそれからどうなったのか」、と。

 それでも、私には応えることが出来なかった。

 やがて、紙芝居よりも私の話を話すことがだんだん中心になっていった。そして、子供たちやお年寄りは他の友達や家族を呼んで、聴衆はだんだんと増えていった。

 彼らも初めは皆、焦点の合ってない、沼の底から満月の夜にだけ息を吸いに浮かび上がるナマズのようなどろりとした瞳をしていたが、いつものように紙芝居を演じた後、自分の話をし始めた時、私は彼らの灰がかった瞳が色鮮やかに灯りだしていったのを実感した。

 活動を初めて2ヶ月、私は初めてある種の手応えを感じた。

 ある「希望」を見つけたのだ。そして、その「希望」はある人によってまもなく叶えられることとなった。

 有志者、というより私の講話会に参加してくれる人は、地元でも30人以上に増えた。その中に、地元のある新聞社の社員がいたのだが、その男は私にこう言った。

 「貴方の物語を、我が社の新聞で連載してみませんか?

 「貴方には、1つの才があります。それは技能というカタチで現れるものではないものではなく、貴方の「身」となって現れているものです。つまり、普通の人には作り得ない物語を……貴方の夢、貴方の思考、貴方の出会い、貴方の人生を……貴方の身一つで紡いでいるのです。貴方の持つ類まれな運命、それは一介の人間に宿るものではありません。そういう人をフィーチャーするのが私たちの仕事です。いや、今まで忘れていましたが……貴方の話を聞いて思い出したのです。自分のするべきことを。

 「どうですか?」

 そう、私の頭に浮かんだ一つの「希望」、そのアイデアはこの男によって、今時古臭い大きな黒いカメラを掲げ、日本のペンをチェックシャツに刺した黒髪の男によって叶えられることとなった。その男の台詞は、6年前、放課後の校舎で輝の話した私への評価によく似ていた。だから私はあの時の、窓から漏れた夕日の粒子にきらきらと照らされた輝の横顔を思い出して、その男に輝の姿を重ねてしまって、私は少しだけ、両の瞳を潤ませてしまったのだけれど、眉のあたりの筋肉にグッと力を入れて抑えて、答えた。

 こうして私は、『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢』の連載を開始した。

 

 『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢』は、地元誌の新聞の1コラム内で連載することとなった。私は輝と出会った日の朝を思い出して……あのお加代の夢のことから、輝とのエピソードを淡々と綴っていった。拙くてもいい。夢を。私と輝の、時を刻む夢を。

 しかし当然、たいした反応も応援も特にはなかった。

 そもそも新聞の購読者が乏しいこの時代に、その1コラム内で連載したところで読んでくれる人がいるかどうかも期待できない状況でのスタートだったのだ。

 それでも今の私には、これしかすがるモノがなかった。だから私は藁にもすがる思いで、自らの記憶と紙にすがって、ただひたすらに書き進めた。

 そして私は、書ききった。そう、連載の終了が決まったのだ。

 反響や人気が特に見られなかったという理由ももちろんあったが、そもそも私にはこれ以上書くことが出来なかった。つまり、小説の時間軸が現実の時間軸に追いついてしまったのだ。

 輝が戦争に向かい私の元を去ったところで、私は連載を終了させた。

 効果があったのかどうかはわからない。それでも、決して悪くはない時間だった。

 

 反響は、唐突だった。連載を終了した途端に、大量のメールや投稿が送られてきたのだ。

 「続きを読みたい」、「お加代の夢は」、「主人公は生き残れたのか」、と。             

 それはそれは、大量に。濁流の如く、溢れんばかりに。

 そして私と新聞社は、新聞の一面を使ってあるアナウンスを行うことを決定した。

 まず初めに、「『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢 ―完結編―』に続く」と銘打ち、そして自分がなぜこの小説を連載することになったのか、自分たちがどのような活動をしているのかを記し、さらに、私たちの活動(この辺りから「方舟計画」とよんでいたソレ)が実を結び、私たちが生き残りこの町を守ることが出来たのならば、物語の続き……『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢 ―完結編―』の執筆と連載を行うことを約束したのだ。そして最後に、この方舟計画の有志者をまだまだ募っているということを記した。

 これが私の、最後の「希望」だった。一字一句、とめはねまで、全ての祈りと輝と過ごした日々の追憶を込めて、極めて丁寧に直筆で、息を止めて書き綴った。

 

19.(A.D.2153)

 

 西暦2153311日。民間用地下核シェルター(第1番基)の試験運用を開始して2週間が経過した。これといった問題らしい問題も起きておらず、予定通り各地のシェルターも順次運用に移る予定だ。

 

 私の最後の希望は実を結び、方舟計画は極めて調子よく実現に至ろうとしていた。当初は私の地元に一つの巨大地下核シェルターを作るつもりだったが、全国から有志者が集い、全国各地に民間で建造する運びとなったのだ。

 残るは、私たちが生き残って計画の完成を迎えるのみだ。

 

 連載を終了した後、『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢』は全国誌及びネットの小説サイトで再掲載されることとなり、やがて書籍化に至った。

 出版業界、いやあらゆる娯楽が暗黒期を迎えている中、私の著書は久しぶりのヒット作となった。もちろん1世紀前のような出版全盛期のセールスの中では、カスリもしないような売上だったことは言うまでもない。

 そして21527月、私の地元に民間による第1番基シェルターの建造がスタートした。各地でリーダーを立て、技術者と融資者を回し、第2、第3とシェルターの建造を続けた。

 ……それからの日々は酷く目まぐるしく、忙しく、しかしどこか楽しい日々だった。冷えていたエンジンが段々と温まっていくような心地よい感覚。当然トラブルや反発も合った。なにせみんな初めてなのだ。それでも、皆の瞳がどこか活き活きとしていたように見えたのは、私の勘違いだろうか。いや、そうではないと信じたい。

 そして第1番基の試験運用が始まって2週間。今日も何も起きなければ全国各地でシェルターの順次運用を開始する予定である。

 故に、私にとっては久しぶりに、一時的に心の休まる時となった。そして私は、この空き時間を利用して『夢十六夜。あるいは、時を刻む夢』の続きを執筆することにした。

 輝がいなくなった後に訪れた、あの恐ろしく空虚な時間……自らの死を甘受せしめた時……そして、輝の言葉を思い出して再起を開始した時……私の人生には、常に輝の影がつきまとった。どの光景を思い出しても、私の隣には常に輝の姿があった。そしてこの物語は……輝が帰ってきた時に初めて完成するのだ。

 だからこの物語は……私の人生、私の物語であるが、輝の物語でもあるのだ。

 とにかく輝が帰ってくるまでは、1人で頑張らなくてはならない。

ねぇ、輝。私、1人でもしっかりやれてるかしら。

 

 この小説を完成させた時には、一番に輝に見せるつもりだ。

とりあえずはそれが目下の目標であり、そして私に生きる希望を、私の生活に光を与えてくれた輝への、私なりの恩返しである。

    突如、地鳴りが響き、綴っていた文字が崩れた。爆撃が行われているのだろう。仙台への水爆投下以来、日本への核攻撃は未だ行われていなかった。しかし、それはいつ行われても、シェルターが運用を開始する前に行われても、私たちの努力の全てが無駄になっても、何もおかしくはないのだ。先のことは誰にもわからないのだ。

 それでも私たちは生きなくてはならない。だって、先のことは誰にもわからないのだから。希望に尽くした人間の結末が、悲劇的であるはずがないのだから。

 だから、行く先が闇でも、光を求めて。

 

 

 

 この物語は、私の物語である。貴方は、私の身一つでこの物語を生み出したと言っていたが、それは間違いだ。だって、貴方がいなければそもそも私はきっと、自殺していたのだから。

 

 貴方がいなければ、この物語は生まれ得なかったし、貴方のことを想わずに書いたページはただの1ページもない。だからこの物語は、私の物語であると同時に、貴方の物語でもあるのだ。

 貴方に贈る、私たちの物語だ。

 故に本書は、ただのプロポーズである。

 

20.墓所前(Age.18 あるいは A.D.3153)

 

 日は今にも落ちそうだった。溶鉱炉の中の飴色になった金属を、溶かし込んだような真っ赤。逢魔が刻。黄昏刻。今で言う夕暮れ刻。

 12年前は棒きれを振り回していた少女は大きく成長し、先を臨むその瞳は大人びた憂いを帯びている。藍色の落ち着いた和装に身を包み、その両の手には真白い綿のような浜木綿(ハマユウ)の献花が掲げられている。かつては二人いたはずの、彼女の後に付く従者は今や1人となっている。

 2人は黙々と芝の小道を歩いている。陽はほとんど平行に彼女たちを貫き、その影を、深く濃く芝に落とし込んでいる。

 歳月は人の姿を変えるが、自然は変わらず同じ姿を見せ続ける。

 2人は丘を超えた先にある、この町の共同墓地に向かっていた。

 そう、今日は彼女の夫、八兵衛が死んでからちょうど1年目の刻(とき)であった。

 

 墓前に花を供えて、2人は手を合わせた。前時代より、2千年以上に渡って続けられている先祖崇拝の儀礼である。

 眼を瞑って十数秒間、掌をぴったりと合わせていたお加代はそのまぶたを開くのとほとんど同時に、掌をゆっくりと離した。徳助は、まだ手を合わせている。

 「八兵衛殿が先立たれてから、一年が経ちますた……余は今も、病や厄に当たることもなく、無事に過ごしております。八兵衛殿が守った余らの村も、あれ以来平和にやっております。きっとそれらも全て、八兵衛殿のご加護のおかげなのでしょう………………いやもしかしたら、『コレ』のおかげなのやもしれません……」

 そう言いながらお加代は、胸元からきめ細かい刺繍細工を取り出し、自分の眼前に持ってきた。

 「覚えておりますかのう……余が小さき頃……8年前くらいだったかのう。余が町でそごな綺麗な硝子細工を欲しがっていた時、八兵衛殿がくれたものです。たしか、八兵衛殿のお家に代々伝わるお守りと言っておりますたね……」

 懐かしそうに夢想に馳せるお加代の口元は微笑んでいる。そこへ徳助が口を入れる。

 「知っていますか、お加代さま。人の御霊(みたま)というのは、死してより一年間は、自分の見知った100の地を巡り、そして1年後には八葉の峰に囲まれた西の高山(たかやま)49日かけて登り、そのまま天に還ると聞きます」

 「ほお、さなのか。まことに徳助はよく知りおるのう。では……八兵衛殿はこれから高山に登りなさると……なら、この先ご加護が必要なんは八兵衛殿の方なのやもしれんのう……」

 そう言いながらお加代は、八兵衛から八年前に貰ったお守りを献花と共に供えた。

 「一旦お返ししますぞ、八兵衛殿……また49日後、取りに戻りますゆえ……」

 「八兵衛殿に、ご加護のあらんことを……」

 お加代と徳助は再び両のまぶたを閉じ、両の掌を合わせた。

 数分後、2人は墓を後にし、そして丘を降りていった。

 中心部は1500万度にも及ぶ、その真っ赤な夕日は2人に直射され、正面からは逆光で2人は黒い鉛筆で雑に塗りつぶされたように映っている。その表情は読めない。

 

 日はまた落ち、昇る。それはいつの世も同じ。

 

 八兵衛の墓は町の共同墓地にあったが、「そこ」は全国でも有数の規模を誇るものであった。なぜなら「そこ」は、はじまりの地であったからだ。

 共同墓地の中心には、前時代の巨大な遺構が残されている。かつては地下まで広がっていたという一大地下核シェルター、その第一番基だ。今はそれを改修して、前史研究の記念講としている。

 中央入口の左脇にある大理石の石版には、「比良坂哀銘記社」と彫られていた。

 

 八兵衛の墓前には、まだ茎に水分の残る瑞々しい真っ白い綿のような浜木綿(ハマユウ)の献花と、真っ赤な南天の刺繍が綺麗に刺されたお守りが、夕日の光子を浴びてきらきらと輝いてる。

 きらきらと、いつまでも、その日が落ち切るまで、きらきらと、きらきらと………………

 

 

 「彼女たちには過酷な日々を。そして私たちには、幸せを。行く先が闇でも、光を求めて」

 

 

 

                                            


●あとがき


以上で完結となります。ここまで読んでくださった皆さん……がいるかどうかはわかりませんが、ありがとうございます。今まで漫画やら自主制作映画やらは作ってきましたが、小説としては今作が処女作となります。
わかる人にはわかると思いますが、もう、SF的概念超古代文明超心理学と、思っクソ趣味全開で書き殴りました。設定(世界観)自体は前から温めてた(放置してた)もので、主要キャラ2人は今回書き下ろしたんですが……そんなにキャラ立ってるわけでもないし、手癖で作ったようなものですね。つまり、継続夢のアイデアに放置してた設定を流用して本筋を作り上げたわけなんですが……その装飾は、パロディとオマージュで成り立っています。元ネタを細かく列挙するのは野暮なんで、作品名だけ挙げておきます。一発でわかるものから、ファンじゃないとわからないものまで色々ありますが、ストーリーの本筋と世界観、主要キャラ2人に関しては完全オリジナルです。無意識下でパクってるのもあるのかもしれませんが、ソレは知りません許してください。つまり、文章セリフ夢の世界作品構成ですね。こういう、いわゆるガイナ作品的なパロまみれの作品が作りたかったという欲望もあって……それを実現させるにはWEB作品しかないだろうということで……以下に元ネタ一覧を書かせていただきます。
村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、西加奈子の『サラバ!』、夏目漱石の『夢十夜』、作詞作曲:麻枝准・ボーカル:Lia『時を刻む唄』、金子修介・樋口真嗣による『ガメラ3 邪神覚醒』、keyの『AIR』Angelafly me to the sky……で全てだと思います。
描写については、頭に浮かんだ映像(イメージ)をできるだけ忠実に文章化することを心がけて書きました。



サラバ! 上
西 加奈子
小学館
2014-10-29


文鳥・夢十夜 (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
2002-09






AIR Blu-Ray Disc Box (Newパッケージ)
小野大輔
ポニーキャニオン
2008-11-28


PRHYTHM
angela
キングレコード
2006-03-15


ステマ?いいえ、ダイレクトマーケティングです。


次に製本化するまでのメイキングもどきを紹介したいと思います。
需要があるのかどうかはわかりませんが、まぁ備忘録みたいなもんです。


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まずは自己流のシナリオ作りのメイキングになります。中学高校で確立された方法で今も変わらず書いてますね。
中には話を考えながら書き始める人もいるみたいですが、僕は完全にシナリオは全て考えてから(プロットを完成させてから)作品を書き始めます。
さらに基本的にはその後に脚本を書いて、やっと作品を作ってく感じですね。小説なら紙に脚本書いて、デジタルに打ち込んでく感で、漫画なら脚本(要所要所に絵の入ったもの)書いて、その脚本見ながらネーム書いてく感じですね。

1枚目の前半に主人公(主)の設定と世界観が書いてあります。これが始まりのメモ書きになりますね。
タイトルは最初の構想よりちょっぴ長くなりましたが、基本的には最初の構想のまま作られてますね。ただこのプロットはキャラの設定が薄すぎですね……キャラがあまり立ってないわけだ……

右上にあるグラフみたいのがシナリオチャートなんですが、これは自分で開発したものになります。まぁ他の人は書くまでもなく頭の中にその図があるのか、もしかしたら似たようなのを使ってるのかもしれませんが……
これ、主人公のテンション(気持ち)の流れなんですね。縦軸が主人公のテンション、横軸が作品内の時間軸になります。
面白い作劇のベタってやっぱり、だんだん上げて一気に落として、最後に上がって終わるもんなんですよ。だいたいの大ヒット作は似たような構成です。起承転結序破急も同じものを表してますね。それをまとめて可視化させたのがこのチャートです。読んだ人となら、このチャート通りに主人公のテンションが上下してるのがわかると思います。

今回は小説なんで関係ありませんが、長編漫画を描くときはこのチャートを使ってページ数を割って、ソレに従って描いていきます。読み切りなら基本的にはアバン(扉絵の前の引き込むシーン)→起1(はじまり・出会い)→起2(キャラの紹介)→承(キャラの内面描写をしつつテンションをあげていく)→転1(一気に落ちる)→転2(苦難を乗り越えてフィナーレへ)→結(オチ)の構成になってます。ページの割合としてはだいたい、アバン起:承:転結=1:3:2って感じです。

1枚目の後半と二枚目が全体のプロットになります。シナリオの流れからオチまでしっかりこの時点で設定されてるのがわかると思います。盛り上がりどころはセリフなんかも書いてありますね。
で、2枚目、モロ
大学のリアペですね。わざわざシナリオ用に大学ノートを使ったりはしません。だいたい裏紙に書いてます。たぶん中学高校で折りたたんで小さくした裏紙にコソコソと書いてたのがクセになってるんだと思います。

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これは脚本ですね。汚すぎて僕しか読めないとは思いますが、ちょうど完結編の最初の所になってます。左から始まって右に移ってますが、暇な人は見比べてみてください。
まぁこの脚本を見ながら加筆修正してデジタルで打ち込んでいきます。漫画のときと同じノリでこうやってたんですが、ぶっちゃけ二度手間ですね。漫画はコマ割りとか考えないといけないんで最初に脚本だけ書かないとキツイんですけど。

次に製本のメイキングになります。
上の続きになりますが、脚本を見ながらスマホのテキストエディタで本文を書いていきます。スマホならどこでも書けますからね。
そんでそれをPCに送ってWordでまとめます。それをそのままコピペして載せたのがこのブログの小説になりますね。

ただ製本するとなるとここから作業がまだ必要です。
章分けが多かったのではじめから二段組みで作ることは決めてたので、Wordで二段組み小説のコピー本の作り方を適当にググって(僕は主にここを参考にしました)、製本用のWordファイルを作りました。
そんでこんどはそれをPDF化して、無料のサイトでPDFを結合、普通に家庭用プリンタで印刷。Adobe Readerで「小冊子」の機能を使えば特に考えずに製本用にページを合わせてくれるので楽です。
そんでそれを裁断用のホッチキスで止めて完成。裁断用ホッチキスがない人は買うか借りましょう。
そんで完成したのが以下のものになります。

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表紙と目次

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完結編

表紙の感じも含めて、イメージ通りに作れたんで満足です。


最後に、この小説のテーマソング、乃ち主題歌を紹介したいと思います。
作曲:折戸伸治・作詞:麻枝准・ボーカル:LiaLight Colorsと設定しております。


別にこの曲が元ネタとか、この曲をモチーフにしてこの話を作ったという話ではありません。ましてもちろん、僕が作った曲だとかいうわけでもありません。僕が勝手にお借りしていてるだけです。ただ、この曲の持つ精神性と、この物語の主題が同じだったということです。歌詞を見てくれたらなんとなくわかると思います。故に、「テーマソング」です。


こんな長いあとがきまで読んでいただきありがとうございました。画的な見せ場が少ない物語には小説はいいものですね。ではまたどこかで。