大分県の「宇佐神宮」に行ったことはありますか?

名前だけは聞いたことがあるという方もいれば、地元民なのでよく行くという方もいるでしょう。

宇佐神宮は「宇佐八幡(うさはちまん)」とも呼ばれ、全国に4万600社ある八幡宮(八幡社)の総本社です。

約11万社あるという日本の神社の中で、ダントツで一番祀られているのが、実はこの八幡様です。


これだけでも宇佐神宮がすごい神社というのはわかるのですが、実は「二所宗廟(にしょそうびょう)」と呼ばれ、日本最高格の神社「伊勢神宮」と同格……いえ、かつては伊勢神宮以上に重要視されていたということは知っていましたか?

それだけではありません。

天皇家のルーツがあるとか、真の祭神「比売大神(ひめおおかみ)」の正体は邪馬台国の女王「卑弥呼(ひみこ)」で、宇佐神宮の地下には卑弥呼の墓があるとか、ロマンあふれる伝説が盛りだくさんです。


九州でアクセスに難があるため、「すごさ」に対して現在の知名度は低いのですが、日本最大の〈裏〉パワースポットといっても過言ではありません。

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宇佐神宮本殿

今回はそんな宇佐神宮の3つの謎や秘密をわかりやすく解説し、7つのご利益とパワースポットをまとめて紹介します。

前半で宇佐神宮や日本古代史の謎解きを行ない、後半でご利益の紹介をしますので、「謎解きなんか興味ないやい」という方は、目次からご利益のページまで飛んでください



①宇佐神宮とは:八幡様の正体は?

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宇佐神宮 若宮神社

宇佐神宮は大分県宇佐市にある神社で、全国に4万600社もある八幡宮(八幡社)の総本社です。そのため「宇佐八幡宮」とも呼ばれます。

小高い丘陵の小椋山(亀山)山頂にある「上宮」とその山麓にある「下宮」の2つからなり、それぞれに3つの御殿が建っています。

祭神は3柱(柱は神様の数え方)で、3つの御殿にそれぞれ祀(まつ)られています。

一之御殿:八幡大神(はちまんおおかみ)
二之御殿:比売大神(ひめのおおかみ)
三之御殿:神功皇后(じんぐうこうごう)

主祭神である八幡大神「弓矢の神」「武神」とされ、全国の武家から信仰されました。とくに源氏はこれを篤(あつ)く信仰し、氏神(うじがみ・その地域や一族の神のこと)としました。

武家社会の台頭にともない、日本全国の地頭(領主)がそれぞれの領内に八幡宮を建てました。中にはもともと別の神を祀っていた神社を、八幡宮にすげかえたところも多くありました。

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富岡八幡宮の提灯

その結果、八幡様は庶民からも信仰されるポピュラーな神様になり、現在の八幡信仰へとつながります。

創建725年。以来、仏教と神道の習合によって成立した八幡信仰ですが、日本の歴史にも深くかかわった、我が国において非常に重要な神社です。

現在でも年間150万人の参拝者が訪れる人気パワースポットではあるのですが……本当は、これ以上にすご~い神社なんです。

応神天皇?新羅の神? 八幡様の正体とは

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奈田八幡宮

そもそも、主祭神の「八幡大神」とはなんでしょう?

八幡大神を祀る八幡社は全国に4万600社もあり、日本でもっとも多く祀られている神様です。「八幡様」「八幡大菩薩」とも呼ばれます。

セブンイレブンの店舗数が2万876店舗(2020年2月現在)ですから、倍以上です。とんでもないことです。日本全国八幡様だらけです。

しかしこれだけ人気のわりに、では八幡様がどのような神様なのかというと、意外と知られていません。

それもそのはず。八幡大神は日本神話(『古事記』や『日本書紀』)には登場しない神様だからです。

それどころか、その正体がいまだにはっきりしていないという、不思議な神様なんです。

現在では、八幡大神は「誉田別命(ほんだわけのみこと)」=「応神天皇」を神格化したものとされています。

ですがこれは、いわゆる後づけ

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応神天皇(河内国誉田八幡宮蔵)

八幡神は『続日本紀』で「広幡乃八幡大神」という名で、はじめて登場します。しかしこの時の八幡神は応神天皇とはまったく無関係の神で、また「ヤハタ」と訓読みで発音されました。

しかし応神天皇が571年に「我は、誉田天皇広幡八幡麻呂、護国霊験の大菩薩」と勝手に宣言したことで、現在は八幡神=応仁天皇と認識されています。

そこから神仏習合が進み、仏語に由来する音読みで「ハチマン」と読まれるようになります。

本来の八幡神は、九州の豪族「宇佐国造(うさのくにのみやつこ)」の氏神として宇佐で信仰されていた土着神(※)でした。

※土着神……その土地で古くから信仰されていた神(精霊)のこと

それどころか『豊前国風土記』逸文(※)では、八幡神のことを「昔、新羅国の神、自ら度り到来して、此の河原に住むり」と書いていて、朝鮮半島の「新羅」由来の神だとしているのです。

※豊前(ぶぜん)国=福岡県北東部~大分県北部の古名

また宇佐氏の出自は、中国大陸及び朝鮮半島にルーツを持つ渡来系の「海人族」だとされています。

このことから八幡神は、朝鮮半島にルーツをもつ渡来人の神だったと考えられます。

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ところが大和朝廷(天皇家)が宇佐を支配下に治め、宇佐神宮を取り込んだことで、奈良時代後期から平安時代初期にかけて、応神天皇との習合が進められ、現在の八幡信仰にいたります。

では、なぜ大和朝廷(天皇家)はそこまでして八幡神を手に入れようとしたのでしょうか?

今でこそ日本全国で信仰される神ですが、それは応神天皇と同一化されてから。当初は豊前国という小さい範囲で信仰される神でした。

実はここに、天皇家のルーツと宇佐神宮の秘密が隠されているのです。

②宇佐神宮は〈裏〉伊勢神宮? 二所宗廟とは

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伊勢神宮 大鳥居

宇佐神宮は、日本の「二所宗廟(にしょそうびょう)」でした。

宗廟とは、祖霊祭祀(先祖に対する祭祀)を行う聖地のことです。簡単にいえば、天皇家の祖神を祀った神社です。これが2つあるわけですね。

そして現在の二所宗廟は、「伊勢神宮」「石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)」です。

天皇家の祖神といえば天照大御神(アマテラス)です。ですから天照大御神が祀られていて、日本の神社の最高格である伊勢神宮が二所宗廟にあるのはわかります。

では石清水八幡宮はどうでしょう?

石清水八幡宮も八幡宮の一つです。つまり、宇佐神宮の分社です。

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石清水八幡宮 本殿

実は石清水八幡宮が二所宗廟に選ばれたのは、中世からです。

二所宗廟はもともと「宇佐神宮」「伊勢神宮」でした。ただ九州の宇佐神宮は都から遠すぎて、京都にある石清水八幡宮と交代したということです。

つまり宇佐神宮は、伊勢神宮と同格の神社だったのです。またこの事実は同時に、宇佐神宮に天皇家のルーツがあることを示しています。

道教事件:天皇家が伊勢神宮より宇佐神宮の託宣に頼ったのはなぜ?


伊勢神宮と同格どころか、奈良・平安時代においては宇佐神宮は伊勢神宮以上に重要視されていたことがわかっています。

例えば聖武天皇の東大寺の大仏「盧舎那仏」鋳造、弓削道鏡(ゆげのどうきょう)の皇位継承時には、宇佐神宮の託宣(神のお告げ)でものごとを決めています。

東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)といえば、今でも「奈良の大仏」として親しまれる日本最大の大仏です。

この大仏鋳造は、飢饉(ききん)や天然痘の流行で多くの人々が死に絶えた暗黒時代に、仏教の力で国を治めようとはじめたもの。全国から260万人が参加した、まさに国家を挙げての一大プロジェクトでした。

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東大寺の大仏 盧舎那仏

道教の皇位継承問題は「道教事件」とも呼ばれる大事件ですが、このような国家的事業や皇位継承といった朝廷や天皇家にとっての一大事に、伊勢神宮を無視してわざわざ遠方の宇佐神宮に頼ったということは、宇佐神宮こそが「真の宗廟」だという証拠に思えます。

ちなみに、歴代の天皇は伊勢神宮を参拝せず、はじめて伊勢神宮に参ったのは明治天皇という豆知識があります。

これはあまりにも偉大過ぎる天照大御神の荒魂(あらみたま)を恐れたためといわれていますが(※)、もしかしたら、宇佐神宮が真の宗廟だったからなのかもしれません。

※アニミズム(自然信仰)のため、日本にとっての神は、富をもたらすと同時に、災いをもたらすアンビバレンスな存在だった。

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「宇佐神宮が二所宗廟に選ばれたのは、応神天皇が祭神だから」という説もあります。

しかし、応神天皇が天照大御神と同列に扱われる天皇家の祖神としてふさわしいとは、正直思えません。そもそも応仁天皇となんのゆかりもない宇佐の地で祀るというのが異質です。高木の神やニニギ、山幸彦あたりなら、まだわかるのですが……

ですからやはり、宇佐神宮に天皇家のルーツがあった(もしくは重要な聖地であった)から、八幡神を応神天皇が名乗った(奪った)と見るべきでしょう。

宇佐神宮に天皇家のルーツがあるとされる理由はまだまだあります。それは、卑弥呼の墓説です。

③宇佐神宮の祭神「比売大神」は卑弥呼? 邪馬台国は九州の山門にアリ

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宇佐神宮の主祭神は

一之御殿:八幡大神(はちまんおおかみ)
二之御殿:比売大神(ひめのおおかみ)
三之御殿:神功皇后(じんぐうこうごう)

の3柱だと説明しました。

神功皇后は応神天皇の母親ですから、一緒に祀られるのはわかるのですが……実はこの「比売大神」の正体も、よくわかっていません。

「比売大神」自体は、そもそも神様の固有名詞ではなく、「女神」程度の意味合い(ヒメは姫と同じ)で、祭神やその地域に関係の深い女神を指します。つまり、比売大神はその神社によって異なるのです。

神社本庁は現在、宇佐神宮の比売大神は「宗像三女神」だとしています。

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宗像大社

宗像三女神は福岡県の宗像大社(むなかたたいしゃ)で祀られる海の神・航海の神です。

ですが宇佐の古文献をひも解いても、比売大神が宗像三女神だと書かれたことはありません。

そのため「玉依姫説」「応神天皇の叔母説」「與杼比売命(応神天皇の妹)説」、「弟日売(応神天皇の妃)説」、「仲姫命(応神天皇の皇后)説」などなど、いまだにその正体が特定されていないのです。

比売大神の謎はこれだけではありません。

「八幡宮」であるため、宇佐神宮の「主神」は一般的には八幡大神だと思われているのですが……

実は日本の神社で複数の神に祀る際は、中央に最も偉い神様を据え、次点をその右側、左の順にと、序列を低くしていきます。

つまり宇佐神宮で一番偉い主神は、「比売大神」ということになります。

これは、実際に宇佐神宮に行った人なら誰もが思うはずです。

宇佐神宮の本殿 二之御殿
宇佐神宮の本殿 どう見てもニ之御殿が中心です

さらに『宇佐神宮由緒記』によると、比売大神は八幡大神より古い神様で、もともと宇佐の地で信仰されていた土着神だと書かれています。

さてそうなると、宗像三女神が八幡大神より格上で祀られているというのは不自然です。他の説でも、八幡大神より上に祀られそうな神様・人物は見当たりません。

しかし1柱だけ、ふさわしい神様・人物がいます。

それが天照大御神であり、邪馬台国の女王「卑弥呼」です。

天皇家のルーツ? 大和朝廷と邪馬台国の関係


邪馬台国といえば弥生時代の王国であり、日本古代史最大の謎です。

中国の歴史書『魏志倭人伝』によれば、倭国大乱という古代の戦国時代を制し、30余国を治めた倭(日本)の王国だとあります。

邪馬台国の謎は、主に3つにわけられます。

①邪馬台国と大和朝廷(天皇家)には連続性があるのか
②邪馬台国はどこにあったのか(九州説?畿内説?東遷説?)
③卑弥呼の正体はなんなのか(天照大御神?)


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①は、「邪馬台国がそのまま大和朝廷になったのか?」という話ですね。

「ヤマタイ」「ヤマト」は音が非常に近いため、この説は十分に考えられるでしょう。

「邪馬台」は当時の中国人が日本人から聞き取った言葉であり、邪馬台国は本当は「ヤマト国」だった可能性もあります。

さらに当時の中国語で、「邪馬台」をどう発音したかははっきりしておらず、「ヤマドゥ」と読む例もあるため、「ヤマト国」説は強まります。(『魏志倭人伝』の編さん時期が、ちょうど上古音から中古音への移行期にあたるため)

さらにヤマト国説を裏付けるのが、当時の日本語の発音です。当時の日本語には「二重母音回避の原則」というルールがあったとされています。

「ヤマタイ」はローマ字に直すと「YAMATAI」で、「A」「I」で母音が連続しているので、当時の日本人が「ヤマタイ」と名乗った可能性は限りなく低いのです。そのため邪馬台国は本来、「ヤマド国」か「ヤマト国」であったといわれています。

ただ邪馬台国と大和朝廷では文化がかなり違うので、邪馬台国と大和朝廷に連続性があったとしても、途中で革命政変が起こり、国の体制が大きく変わったのだと思われます。

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②は江戸時代から令和の現代までいまだに火花を散らしている、「邪馬台国九州説」VS「邪馬台国畿内説」のことですね。

畿内(きない)説は大和説ともいい、つまり京都奈良一帯を指します。

この他にも「東北説」とか「四国説」とか「出雲説」とか、はたまた「朝鮮説」「インド説」まで混沌(こんとん)としていますが、やはり本命は畿内と九州の2強。

古墳などの考古学的に見た場合は、畿内説が有利です。しかし、『魏志倭人伝』を重視すれば九州説が有利です。

そしてこの矛盾を解く説が邪馬台国東遷説(とうせんせつ)」です。

つまり、もともと邪馬台国は九州にあったが、畿内に遷(うつ)ったということです。

実際に九州と畿内では、地名学や人口統計学的に、大規模な移民があったことがわかっています。

また日本神話でも、初代天皇である神武天皇が九州から敵を征服しながら東へ進み、大和の地で大和朝廷を開く「神武東征」神話があり、これとも一致します。

①の問題であった文化の違いも、この遷都によるものだと考えればうなずけます。

では邪馬台国がもともと九州にあった場合、九州のどこにあったのでしょうか。

邪馬台国九州説 福岡県「山門」:九州と畿内の地名相似

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邪馬台国九州説の中でも、説はさらにわかれます。筑紫説北九州説佐賀説、そして宇佐説

しかし上記の①②を踏まえると有利なのは福岡(筑後)説です。宇佐説ではありません。

福岡には「山門郡」があります。「山門」は「ヤマト」と読みます。「大和」と同じですね。

東遷説を踏まえれば、九州の山門にあった邪馬台国(ヤマト国)が、畿内の大和で大和朝廷を開いたということになります。

実際に九州の山門と畿内の大和を中心に、50以上の地名の相似が見られるため、両者で大規模な移民or遷都があったと考えられています。

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九州と畿内の地名相似

この説にのっとった場合、邪馬台国九州説や畿内説、東遷説、大和朝廷との連続性、日本神話との関連性、考古学的な問題などのすべてを矛盾なく説明できます。

つまり、天皇家のルーツは邪馬台国=福岡の山門にあったということになります。

しかしこれでは「宇佐神宮に天皇家のルーツがあった」という上の説明と矛盾しますね。ここでポイントになるのが①の卑弥呼です。

伊勢神宮はなぜ伊勢にある? 日本の太陽信仰とは

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そもそも考えてほしいのですが……

天皇家の祖神であり、日本神話の最高神である天照大御神は、大和では祀られていません。京都でもなく、畿内(大和)から離れた三重県伊勢市「伊勢神宮」に祀られています。

なぜ、伊勢神宮は伊勢に建てられたのでしょう?

実はこの理由、いまだにわかっていません。

筆者は、伊勢神宮が当時の日本「大和朝廷」の日の昇る東方にあったから、だと考えています。

この説については以前に細かく記事を書きましたので、興味のある方はご覧ください。


要約すると、大和朝廷(天皇家)は太陽を信仰する一族で、そのため太陽神である天照大御神を最高神に据えたということです。そして「東」という方角は、太陽信仰をもつ日本人にとって、太陽が昇る聖地でした。

大和朝廷に近い日の昇る東方は伊勢でした。だから太陽神である天照大御神を、太陽の昇る聖地「伊勢」に祀ったのです。

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伊勢神宮は二所宗廟の1つです。

ということは、もう一つの二所宗廟であった宇佐神宮も、当時のヤマト(邪馬台国)の東端に建てられた可能性は高いでしょう。

もうおわかりだと思います。

山門の東方にあった宇佐に、二所宗廟である宇佐神宮が建てられ、天照大御神が祀られたのです。

この天照大御神こそが、宇佐神宮の主神「比売大神」です。


天皇家の祖神であり日本神話の最高神ですから、八幡大神より上位に祀られているのも納得ですね。

さらに天照大御神のモデルは、邪馬台国の女王「卑弥呼」だという説があります。

そして面白いことに宇佐神宮は、古墳の上に建てられたという伝説があるのです。

卑弥呼=天照大御神説:皆既日食と天岩戸隠れ

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「卑弥呼」という漢字は、当時の中国人が勝手に記したものです。また邪馬台国と同様、当時の日本人の発音を正確に聞き取れなかった可能性も大いに考えられます。

卑弥呼は「日巫女(ひみこ)」だったという説があります。

そのまま考えれば「日の巫女」で、つまり太陽神に仕えた巫女です。卑弥呼への崇敬がそのまま太陽神信仰へとつながったことは十分に考えられます。

また天照大御神は女神ですが、大和朝廷は男系社会で、天皇は男児しか継げませんでした。

「なぜ男系社会の大和朝廷で、日本の最高神が女神なのか?」という疑問は、そのモデルが大和朝廷のルーツであった邪馬台国の女王が卑弥呼にあるから、と考えれば納得できます。

さらにダメ押しで、卑弥呼が死んだとされる248年9月5日には、日本で皆既日食が起こったことがわかっています。またこの皆既日食は、九州でしか見られませんでした。

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天岩戸隠れ 皆既日食

卑弥呼の死後、邪馬台国は1000人が死ぬ内乱になったとされています。

実はこの出来事が日本神話にも描かれています。

有名な「天岩戸隠れ」神話です。

天照大御神が天岩戸(あめのいわと)という洞窟に隠れると、太陽が消えて世界は暗黒に包まれ、地上は妖怪がはびこる地獄と化したといいます。

この描写は卑弥呼の死と、それにともなう皆既日食がモデルになっているという説があります。

以上の理由から、天照大御神のモデルは卑弥呼であるという根強い説があるのです。

宇佐神宮は墓の上に建てられた! 比売大神の正体は卑弥呼

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邪馬台国畿内説にしろ九州説にしろ、いまだにはっきりしないのは、卑弥呼の墓という決定的な物的証拠(遺跡)が見つからないからです。

『魏志倭人伝』によれば卑弥呼の墓は「径百余歩(直径144メートル)」で、その付近には「奴婢百餘人(100人の奴隷)」が殉葬されたとあります。

これだけ巨大な古墳がいまだに発見されないというのはおかしなことです。畿内説では、纏向(まきむく)遺跡にある「箸墓(はしはか)古墳」を卑弥呼の墓として有力視しています。

とくに近年、纏向遺跡の造営時期が従来の3~4世紀前半から、邪馬台国の時代である3世紀初めに改められたことで、箸墓古墳=卑弥呼の墓説が高まっています。

しかし『魏志倭人伝』によれば卑弥呼の墓は円墳です

箸墓古墳は前方後円墳です。さらにその被葬者や、日本神話との関係性を考えると卑弥呼の墓とは言い難いものがあります。

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箸墓古墳 上空からの写真
出典:https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1905C_Q3A220C1CR0000/

宇佐神宮に話を戻します。

『八幡宇佐宮御託宣集』には宇佐神宮は「宇佐廟」と書かれてあり、また『延喜式』神名帳にも、宇佐神宮は「廟神社」と書いてあります。

「廟(びょう)」とは墓のことです。

また宇佐神宮では、改修が行われた明治40年と昭和16年の2度にわたり石棺(石造りのひつぎ)が目撃されています。

1度目は大分県の職員であり地質専門家でもあった山本聴治氏が(※1)、2度目は宇佐神宮の元権宮司、元永正豊氏です(※2)。

※1 高木彬光『邪馬台国推理行』角川書店1975年より
※2 論文「高橋宜宏のヤマタイ国論」2010、HP『新邪馬台国の秘密』より

最初に述べたように、宇佐神宮の上宮は、小椋山(亀山)という山の山頂に建っています。

小椋山の山頂は直径80mです。また『八幡宮本紀』には「本宮が建つ山上の周りを390余歩」と書いてあるので、直径は125歩となります。

『魏志倭人伝』の卑弥呼の墓の描写と一致します。

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「宇佐のマチュピチュ」こと西椎屋

さらに宇佐神宮の境外には、「百体神社」という小さな神社があります。

宇佐の地には、八幡神が倒した「隼人(はやと)族」という朝敵の首が100体埋められているという伝説があります。百体神社は、その霊を慰めるために建てられました。

百体神社付近では、甕棺(カメ型の棺)が数個ずつ、数回にわたり出土しています。

卑弥呼の墓が「径百余歩」であり、付近に「奴婢百餘人」が殉葬されたという『魏志倭人伝』の2つの記述に当てはまるのは、宇佐神宮しかありません。

いまだに見つからない卑弥呼の墓は、宇佐神宮の地下にあるのかもしれませんね。

そして宇佐神宮の真の主神にして謎の神「比売大神」の正体こそ、卑弥呼であり天照大御神であったということです。

「比売(ヒメ)」もただの当て字なので、本来は「日女」であった可能性も考えられます。ますます卑弥呼っぽですね。

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鶴岡八幡宮 狛犬

九州の山門にあった邪馬台国(ヤマト国)の女王卑弥呼(日巫女)は、太陽神の託宣によって国を治めました。卑弥呼の墓は、太陽信仰にとっての聖地=太陽が昇る東方の地=宇佐に建てられます。

宇佐神宮の祭神は本来卑弥呼でしたが、その後畿内に遷都した大和朝廷(天皇家)が、自身のルーツが眠る宇佐神宮を取り込み、応神天皇を主神にすげ換えました。そして伊勢神宮と並ぶ二所宗廟としたのです。


そうすると、「なぜ大和朝廷は素直に宇佐神宮や日本神話から卑弥呼の痕跡を隠したのか?」という疑問が出てくるのですが……これ以上宇佐神宮に関係のない文を書くのもためらわれるので、また後日、別の記事にて書きたいと思います。

キーワードは「男系社会」です。

※邪馬台国東遷説や邪馬台国宇佐説はもちろん既存の説ですが、上記の「太陽信仰をキーワードに読み解く邪馬台国山門説+宇佐神宮卑弥呼墓所説」は筆者オリジナルの説です。

④宇佐神宮の7つのご利益とパワースポットまとめ

宇佐神宮の本殿 二之御殿
宇佐神宮 参拝の順番

宇佐神宮は、日本でもっとも祀(まつ)られている八幡宮の総本社であるだけでなく、古代においては伊勢神宮より重要視された二所宗廟であり、天皇家のルーツ卑弥呼の墓があるという伝説をもった、まさに日本最大の〈裏〉パワースポットです。

そんな宇佐神宮には、〈裏〉ならではの2つの特別な参拝方法があります。

1つ目は、「二礼四拍手一礼」です。礼を2回、拍手を4回、礼を1回してお参りします。

普通は「二礼二拍手一礼」ですが、宇佐神宮では拍手が4回必要なので注意しましょう。

2つ目が、参拝の順番です。

亀山の上にある「上宮」から、左の一之御殿、中央の二之御殿、右の三之御殿の順番でお参りし、山を降りて「下宮」をまた一之御殿からお参りします。

「方回り」にならないよう、必ず下宮まで参りましょう。

ここからは、そんな宇佐神宮の7つのご利益と境内のパワースポットを紹介します。

宇佐神宮のご利益とパワースポット:仕事運、金運、勝負運

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宇佐神宮の「一之御殿」に祀られている「八幡大神(応神天皇)」は、戦いの神です。

「弓矢の神」「武神」として全国の武家から信仰され、とくに源氏は篤(あつ)く信仰し、氏神(うじがみ・その地域や一族の神のこと)としました。

武家社会が広まるにつれ、領主がそれぞれの地域に八幡宮を建てます。こうして日本全国に八幡宮が建てられ、その結果、八幡様は日本でもっとも祀られる人気の神様になりました。

そんな戦いの神ですから、ご利益は「仕事運」「金運」「勝負運」です。

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宇佐神宮 大楠の木

とくに人気のパワースポットが、「大楠(おおくすのき)の木」です。

三之御殿前にある大木で、樹齢は800年を超えるといわれています。大楠の木の周りを1周して、木に触りながら願うと、ご利益があるとか。

ダンス&ボーカルユニットの「EXILE」のUSAさんがアルバムのミリオンセラーをこの大楠の木に祈願したところ、実際に大ヒットにつながったという話がテレビ番組で紹介され、一躍有名になったパワースポットです。

他には呉橋(くれはし)近くにある、「願掛け地蔵」にも、一生に一度願いをかなえてくれるという伝説があります。

ただし、誰にも見られていないところで祈る必要があるので、なかなか難しいかもしれません。



宇佐神宮のご利益とパワースポット:縁結び、夫婦円満、安産、子育て

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二之御殿に祀られている「比売大神」と、三之御殿に祀られている「神功皇后」のご利益も見逃がせません。

母なる女神ということでご利益は、「縁結び」「夫婦円満」「安産」「子育て」です。

男女の出会いから子育てまでカバーしてくれる、すさまじい御神徳(ごしんとく)ですね。

人気のパワースポットとしては、縁結び・夫婦円満にご利益がある「夫婦石」があります。

若宮神社の手前の参道を注意深く見ていると、似たような三角形の石が2つ並んでいます。

カップルや夫婦は、手をつないで左右の石を一緒に踏むことで円満が望めるといい、また独身の方は両足で2つの石を踏むと、良縁が訪れるといわれています。

場所が特定しにくく、普通に坂を登っていると見落としてしまいがちなので、良縁や夫婦円満を求める方は注意して探してみましょう。


ちなみに宇佐神宮では、境内のいたる所でハート形の石や模様を目にします。

とくにご利益があるという話はありませんが、ディズニーランドの隠れミッキーみたいに楽しめるので、余裕のある方は探してみてください。

もしかしたら良縁をさずけてくれるかもしれません。

⑤天皇家のルーツが眠る日本の裏パワースポット宇佐神宮

宇佐神宮の呉橋
宇佐神宮 呉橋

今回は宇佐神宮について紹介しました。

宇佐神宮は八幡宮の総本社であるだけでなく、伊勢神宮より重要視された二所宗廟です。

また天皇家のルーツ卑弥呼の墓が眠るという伝説もあり、宇佐神宮の謎を解くことで日本古代史の謎を解くこともできるのです。

今回はそんな宇佐神宮の謎や秘密、ミステリーをわかりやすく解説し、また7つのご利益とパワースポットをまとめて紹介しました。

九州に住んでいる方でも、宇佐神宮に行ったことのない方、また行ったことはあってもこんな秘密は知らなかったという方も多いと思います。

皆さんぜひ一度、宇佐神宮に行ってみてください。

日本最大の〈裏〉パワースポットであり、また日本のルーツや謎が眠る、ロマンあふれる神社です。


ロマンや自分たちのルーツというのは、案外身近なところに隠れているものです。このことに気づいたあなたの日常は、きっと今までとは違った非日常に変わるでしょう。

参考文献リスト及びオススメ本紹介


最後に、本記事の執筆にあたっての参考文献をいくつか紹介します。

本記事を読んで、日本の神社や信仰、古代史に興味をもった方は、ぜひ読んでみてください。どれも初心者でも読みやすく、オススメです。









邪馬台国推理行 (1975年)
高木 彬光
角川書店
1975






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今回は最後まで読んでいただき、ありがとうございました。